中世和歌の始まり

木村尚志さんの『中世和歌の始まりー京と鎌倉をつなぐ文化交流の軌跡』(花鳥社)という本が出ました。全448頁、書名の壮大さに一瞬立ち止まる気になりますが、2009年以降の論文に手を加え、新稿を足して1冊にしたもの。

序・和歌史の「中世」をめぐって、第1部中世和歌の始発(1「夜の鶴」考 2「塩湯浴」と歌林苑)、第2部古歌からの表現摂取(1「万葉集は只和歌の竈」考 2寂然と『伊勢物語』第八十三段 3後嵯峨院時代の和歌 4藤原為家と『伊勢物語』)、第3部歌枕論(1新古今時代の歌枕 2中世の旅と歌枕 3西行と小野・大原 4藤原俊成の「室の八島」詠の再解釈)、第4部宗尊親王論(1宗尊親王の和歌 2宗尊親王の和歌と『万葉集』 3宗尊親王の和歌と『源氏物語』)、第5部語法論(1中世和歌における助動詞「き」の表現史 2助詞「の」の表現機能)、終・『八雲御抄』の和歌史観を手がかりに、という構成になっています。

木村さんの仕事に私が注目したのは、渡部泰明門下から宗尊親王始め鎌倉歌壇や、宗良親王南朝歌壇に関する論文が続々出るようになったからでした。殊に後嵯峨院時代、『続後撰和歌集』『続古今和歌集』が編まれたのは、『平家物語』が形成され、物語的に成長したと思われる時期、その文化的環境を知ることが『平家物語』研究でも重要だと考えていたので、それとなく注視してきました。

本書の中でもやはり第4部が重厚です。先行作品からの摂取を丹念に追う方法を採っているので、『万葉集』享受史でも実績が上がっているのではないでしょうか。私にとって興味深かったのは、5-1助動詞「き」について、中世和歌では仏神に関する詠に使われているという指摘。単純に作者の直接体験と考えてはいけないことが分かります。