ラッコ

一時期は国民的な人気を博したラッコ。いま日本の水族館には8頭しかいない、と知って驚きました。輸入ができなくなり、国内での繁殖も出遅れているとのこと。

1985年だったでしょうか、中世文学会に参加するため宮島を訪れました。ちょうどその日、宮島水族館にラッコが来て公開される、というニュースで地元は持ちきりでした。私たちは騒ぎをよそ目に学会に出てからホテルへ帰り、TVニュースを見て吃驚。黒山の人だかり(水槽もラッコも見えません)が画面一杯に映っている、その中に一際抜きん出た、特徴のある頭の後ろ姿。紛れもなくあの方―岡見正雄さんです。

好奇心満々で、話したいことがいくら話しても尽きない、という風貌をどこでも隠さなかった岡見さん。徳江元正さんや村上光徳さんがよき話し相手だったようです。やはり学会の地方大会の後、村上さんと御一緒に呑みに行く約束をして、待ち合わせしたホテルのロビーへ降りて行ったら、村上さんが缶ジュースを1本、後ろ手に提げて待っていました。これから呑みに行こうというのに、甘い缶ジュース?どうしたんですかと訊くと、待っている間に岡見さんが通りかかったが、あの人に捕まると話が長いから、自販機でジュースを買うふりをしてやり過ごした、これどうしよう、と言われました。やむなくその缶は相部屋の先輩にプレゼントし、私たちは街へ出かけました。

岡見さんは京都のお寺のご住職で、いちど大勢でお邪魔したこともあります。「室町ごころ」という言葉で、あの時代の不思議な感覚をみごとに再現されました。かつてはそういう、いわく言い難いものを大きく捉える論考があり、私たちを惹きつけたものです。

宮島のラッコは繁殖のため、今は鳥羽水族館にいるらしい。勿論、あの時のラッコではありません。ラッコの寿命は人間の4分の1だそうです。