挑発する軍記

大津雄一さんの『挑発する軍記』(勉誠出版)という本が出ました。『軍記と王権のイデオロギー』(翰林書房 2005)、『『平家物語』の再誕―創られた国民叙事詩』(NHK出版 2013)を継いで、ここ10年間の論文を集め、大津さんの主張を打ち出す1冊。第1部いくさの表象、第2部愛の表象、第3部知の様相、第4部英雄の誕生、第5部教室の『平家物語』 という構成になっています。『平家物語』と『承久記』が核になっていますが、『後三年記』から戦国軍記までひろく読み通し、現代史の立場に立って、批判的に古典と我々との関係を見る立場です。

大津さんはお洒落な人です。誰もがそう認めるでしょう。本書のまえがきもバフチンから始まっています。批評性をもつ作品論、哲学(理念、もしくは志)のある軍記研究がめざすところだそうで、書名は「挑発する軍記論」というのが正しい。その筆運びは痛快で、読者対象は、研究者よりも、軍記の読者よりももっと広汎であっていい。

しかしー本書を読んでも軍記物語を知った気がしない、軍記物語を読んでみようという気にならないのは何故でしょうか、論の前提としてのあらすじが掲げられているにも拘わらず。考えてみたら、ここにあるあらすじは、教科書や指導書にあるそれなのでした。間違いはないが、作品の魅力や、論者が惹きつけられた(もしくは反発した)個性がにじみ出ていない。それもそのはず、大津さんは教室で、「古典に惚れさせない」ことが肝要、と説きます。

私が生徒だったらこう訊くでしょう。じゃ、どうして古文なんてしちめんどくさいものを読むの?古典なんか必要なの?戦争が悲惨だなんて、『平家物語』を読まなくたって当たり前のことじゃない?ー次回はぜひ、これに答える文学論を書いて下さい。