本文研究の蹉跌

佐々木孝浩さんが「『源氏物語』本文研究の蹉跌ー「若紫」帖の発見報道をめぐってー」(「日文協日本文学」7月号)という論文を出したと聞いたので、読んでみました。「文献学をとらえ直す」という特集の中の1本らしい。昨秋から話題になっている「定家筆」源氏物語若紫帖をめぐる報道、ウィキペディアを初めとするネット社会の便利ツール、そして池田亀鑑を筆頭とする文献学の評価について、警鐘を鳴らしています。

そもそも新発見の源氏物語若紫帖は、定家グループとでもいうべき人たちの書写(定家手沢本)であること、源氏物語に関しては、定家がちゃんと校訂をしているかどうかすらはっきりしないこと、源氏物語の「原本」なるものがどういう本文であったか遡及・復元するのは困難であること、現在知られている断簡類をも含めれば「最古」の源氏物語は他にも存在すること等々、源氏物語や書誌学の専門家にはよく知られている事実が、報道やネット辞書では無視されていることを、気合いを籠めて衝いています。

マスコミ報道なんてそんなもんさ、源氏物語という著名作品だからしょうがないさ、では済ませられないという、気迫に満ちた文章です。平家物語にも似たような誤解(メディアがそれを増幅する)が蟠っているのですが、なかなか突き崩すことができません。むしろそれに乗っかって押し出して行こうとする人たちが、景気よく見えます。俗説を撃退する闘いで消耗する前に、やらねばならぬことが山ほどあるーつい、眼前の仕事に埋没して平和を貪りがちな日々を、反省させられました。

追記:佐々木さんからの補足メールでは、「定家手沢本」は真筆に準ずる価値があると思っており、発見自体は評価し喜んでおりますとのことでした。