白井優子さんの『紛争地の看護師』(小学館)を読みました。すごいーとしか言いようのない、その後にはしばらく絶句が続く読後感です。理由は、ひとつには著者の覚悟と行動力への共感と驚嘆ですが、もうひとつは、いまこの瞬間にも世界で起こっている(自分が無意識に眼を逸らしている)、紛争の現実に気づくからです。
著者は「国境なき医師団」(MSF)の一員(専門は手術室看護師)として、この19年間に17回、紛争地へ派遣され、シリア、南スーダン、イエメン、エルサレムで活動してきました。現在45歳ですが、高校時代、自分がなりたかったのは看護師だと気づくところから、どんな要請も断らず、常人が地名を聞いただけで避けてしまうような紛争真っ直中の医療現場に立ち続ける生活になるまで、率直に書き綴っています。
決して優等生ではなく、MSF入団は不可能かと悩んでいた彼女に、初志貫徹を決心させたお母さんも偉いが、娘の身が心配で堪らないのに止められない気持ちを、駄洒落で紛らすお父さんも偉い、と読者は思うでしょう。危険な任務を放棄できないための失恋を、彼女自身が総括する言葉(p209,210)も素晴らしい。しかし、本書が素晴らしいのは、著者やぞの家族や同僚たちが、超人的に「偉い」のではなく、人間ならこういう場合、やむにやまれず、きっとそうする、と彼女たちの言動を肯定し、(現実にはできなくても)自分もそうするだろう、と思わずにはいられないところです。
MSFは日本でも1992年に設立され、発足当初は寄附を求める電話を貰ったこともありましたが、今や世界で4万人近いスタッフが活躍し、ときには国際赤十字よりも信頼されているのだということを知りました。どうか今日も息災で、と念じます。