日本霊異記の地蔵説話

霧林宏道さんの「地蔵説話の享受と展開―『日本霊異記』から十四巻本『地蔵菩薩霊験記』までー」(「國學院雑誌」7月号)を読みました。『霊異記』中唯一の地蔵説話である下巻第九話を取り上げ、『宇治拾遺物語』、『地蔵菩薩霊験記』とその絵詞、公誉法印草「藤原広足縁」などと比較し、先行研究を吟味しながら、『霊異記』には、伝承の筆録だけでなく作者の創意工夫があること、『宇治拾遺物語』が人物各々の言い分をおだやかなユーモアに包んで述べており、『霊異記』からの直接の書承ではないらしいこと、「藤原広足縁」は、亡妻供養の説草という目的に合わせた叙述になっていること、また『地蔵菩薩霊験記』の類は、他の説話を取り込み、説明を増やして読み物として複雑化させていること等を述べています。

霧林さんは野村純一さんのお弟子さんで、民話の採集など現在も伝承文芸の研究を続けている高校教諭です。私が宇都宮大学大学院に赴任した年、偶々、栃木県からの派遣研修員として修士課程に入学して来ました。県からの派遣は、修論を1年で書き上げ、2年目は現場復帰しなければなりません。説話は口承されたものという立場から書く所存だったようですが、私が一言「『霊異記』は書き言葉の作品だから、口承だけでは説明できないのでは」と言ったところ、文献資料を猛勉強し、修論は副査の先生からも褒められました。

私は、高校に勤めながら研究を続ける人には、年に1回の学会発表または1本の論文投稿をノルマとするよう、勧めています。とにかく止めないことが大事、とも。霧林さんはそれを守り、年々、少しずつ論文の視野が広がって来ているようです。

但し、紙数の制約があったのでしょうが、本論文の結びの文章はやや貧弱。また29頁上段、主人公名「ひろたり」が、『宇治拾遺物語』で「ひろたか」と変化しているのを口語りのせいかと推測していますが、音は類似していない。むしろ変体仮名の「か(字母は可)」が「り(利)」に紛れた可能性の方が高いのでは。