桑の実

街路樹の下の植え込みになぜか1本だけ別種の木が枝を伸ばしていることがよくあります。たいていは桑の木(たまにそよごの木)です。桑畑が見かけられなくなった東京でも、鳥が落として生える種子は桑の実なのでしょうか。意外に桑の木(それも種類が何種かあるらしい)があちこちにあります。

お茶の水橋のたもとに土手から橋の欄干まで届く木が1本あって、6月頃、びっしり赤や黒の実をつけ、永いこと何の木だろうと思っていましたが、桑でした。福岡の農村育ちの祖母が(あたり一面は桑畑で、毎朝養蚕用の桑の葉を摘んで背負ってくるのは子供の役目だったそうです)、子供の頃はおやつ代わりに桑の実を食べて口の周りが真っ黒になり、親から叱られた話をしてくれたことがありました。我が家の近所の並木の下にも生えているのを見つけ、熟すのを待ちかねて食べてみましたが、小さすぎて1個では味が分かりませんでした。その後、巴里で、木莓などと一緒にどっさり紙袋に入れて売っているのを見つけ、友人と公園で食べたりもしました。

鈴木三重吉に「桑の実」という小説があります。何も起こらない小説ですが、大正から昭和初期の雰囲気をよく表わしているような気がします。お茶の水橋のあの木は、どうなったでしょうか。時々通るのに、この頃は見るのを忘れています。