緑陰

このところ連日、実家の片付けをしたり形見分けの発送をしたりしたので、心身共に疲労困憊。久しぶりに大学構内の大楠の下で、ゆっくり朝刊を読みました。幹は三抱えもあろうという老楠です。すっぽりと若緑色の傘の下に入って、頭上から降ってくる鳥の声や、観光に来たらしい中国人家族のお喋りを片耳に過ごした40分。赤門から出て、ピアノの生演奏のある喫茶店で珈琲を飲み、老舗の和菓子屋で柏餅を買って帰りました。luxuriousな休日になりました。

草も木も新緑の美しさ、新しい葉の造形のみごとさには打たれます。未だ陽に灼けていない、虫に食われていないみずみずしい葉は、それだけ活けても存在感があります。

かつてインド(そこらじゅうに、いつも、花が咲きあふれている土地柄です)へ行った時、女性たちのなにげない花あしらいの巧みさに驚きました。インドでは、屋敷のそこここに神様が祀られていて、毎朝供花を新しくするのは嫁の役目なのだとか。そのインドで生け花教室を開いている日本人に、どうやって技術的優位を示すのか訊いたところ、「花を活けても差はつかない。葉だけ、枝だけを活けてみせると華道というものを解ってもらえる」とのことでした。