長門本平家物語研究史

浜畑圭吾さんの「長門本平家物語』研究小史ーその成立をめぐってー」(花鳥社公式サイトhttps://kachosha.com/gunki2020042801/)を読みました。長門本は壇ノ浦の赤間神宮に奉納され(旧国宝指定)、近世初期から知識人たちの注目を集めてきた『平家物語』です。さきの大戦で火災に遭い、焼損が著しいのですが、幸い近世の写本が多く残っています。但し本文としては旧国宝本以前には遡れず、つまり現存する長門本には別本はない、ということになります。

長いこと、明治年間の校訂本である国書刊行会翻刻でしか読めなかったのですが、麻原美子さんが国会図書館蔵貴重書本を底本として、3本と対校し、略註を付したテキスト(勉誠出版 1999。普及版は2006)、さらに延慶本との対照本(勉誠出版 2011)を出してから、本文は読みやすくなりましたが、研究史と呼べるほどのまとまったものは出ていませんでした。この度、軍記物語講座第2巻に長門本の成立と伝来の環境について執筆した浜畑さんが、自身の論考の前提としてまとめた研究史です。

研究史の客観性、中立性の保証は存外難しいものなんだなあ、というのが一読後の感想でした。振り返れば自分と対象との間に横たわる歳月の帳に彩られて、その間に流れた時間が見えなくなる、そのこと自体の認識も難しい。浜畑さんは、古態本として注目される延慶本への関心が高まったことと長門本の研究とを結びつけていますが、近世から昭和初期までは、むしろ長門本の方が『平家物語』の異本としての注目度は高かったと思います。また長門本の管理者考がしきりに行われたのは、説話研究の動向とも関係があります。

もっと早く、同時代史としての研究史が書かれなければいけなかったのでしょう。気づかせてくれた浜畑さんに感謝します。