大谷貞德さんの「新出『平家物語』(長門本)の紹介」(「国語 教育と研究」58号 栃木県高等学校教育研究会国語部会)を読みました。ネットオークションで入手した端本の長門本平家物語(巻1~10のみ10冊)の書誌と、現存伝本の中での位置づけを述べた論文です。
長門本は、延慶本や源平盛衰記に近い本文を持ち、壇ノ浦の赤間神宮に奉納された旧国宝本が有名ですが、現在知られるだけでも70部以上の写本が存在しています。書写の状態からみて、幕府や諸藩が関係して公的に写された本と、民間で私的に写され、読まれた本の2種に大別できそうです。本論文で紹介された長門本は、公的写本グループに属するようで、箱書から、幕末の尊王攘夷派澤宣嘉が所蔵していたものを、澤家が明治38年に池原という人物に売り渡した(当時は20冊の完本だった)ことが分かります。澤宣嘉は長州に逃れたことがあり、赤間関で和歌を詠んだりしていることから、長門本が転写され、民間へ流出して行った経緯を知る手掛かりが、何か得られればいいなと思いました。
写真入りで書誌が記されていますが、箱書の写真がいまひとつ不鮮明で、翻字と照合すると疑念が残ります。箱には、もとは「光悦本 八坂本 12巻」(中院本か)も一緒に収められていたのでしょうか。これを機会に、別れてしまった後半10冊が、ひょっこり見つかるといいなあ、とも思います。
大谷さんは精細な考証によって、この本が、内閣長府本に近いがそれよりも前段階の形を留めている、と推測しています。20巻の写本が70部以上も全国に散らばり、旧国宝本以前、中世以来の伝来に遡ることは至難と思われた長門本の伝本研究も、未だ未だ進展の可能性があると知って、改めて道の遠さに眩暈がしそうでした。