説話文学研究55

説話文学会の機関誌『説話文学研究』55号が出ました。近年、説話文学研究会と仏教文学会の企画内容や発表が殆ど同じようになり、合併してもいいんじゃないか、と思うくらいでしたが、実際には説話乃至説話集に関する研究は、もっと幅広く行われていて、その一端は本誌からも窺うことができます。

佐藤道生さんの「大江匡房と藤原基俊」という論文を読み、こういう文章が書けたらいいなあと思いました。よけいな会釈や躊躇がなく、さくさくと大きな構図を描き出していく、大人の論文です。『今鏡』巻2に見える説話ー白河天皇大江匡房に、『和漢朗詠集』所収摘句の全文を蒐集せよと命じた時、李嘉祐の「蝉」の全文だけが探し当てられず、それを「ある人」が偽作し、匡房はそれを見抜き、後に正解が見つかった、という話について、永済注や『歌苑連署事書』により「ある人」は藤原基俊だとされ、基俊の性格を語る説話として有名になっているが、じつは基俊は匡房の門弟だったのではないか、と推定しています。白河天皇は、幾つもの文化的大事業をそれぞれの専門家にやらせており、受けた家では門人たち総動員で作業に当たったであろう、その中で起こった事件であり、この大事業をきっかけに匡房は『朗詠江註』を、基俊は『新撰朗詠集』を著すことになったのではないかという結論です。一つ疑問は、基俊が師を差し措いて直接白河天皇に言上するものなのか、ということで、学会発表の際には質問が出たのでしょうか。

本誌には、小峰和明さんの森正人著『古代心性表現の研究』『龍蛇と菩薩』、金文京さんの小峰和明著『予言文学の語る中世』、岩崎雅彦さんの小林健二著『描かれた能楽』に対する書評が載っており、いずれも読み応えのあるものでした。