早歌とは何か

外村南都子さんの遺稿集『早歌とは何かー能に影響を与えた歌謡』(三弥井書店)が出ました。外村さんは私の大学院入学当時の最上級生、ずっと後ろ姿を見続けてきた先輩でした。2021年11月に亡くなり、本ブログにも追悼文を書きました(「先輩の背中」)。本書の「刊行に寄せて」と「あとがき」によれば、生前から、神田裕子さんに3冊目の著書を出す手伝いを頼んでおられたそうで、結果的に遺稿集になってしまったとのことです。

本書の構成は1早歌概説 2研究史と提言 3早歌の本質の探究 4早歌から能への継承 付録に応永2年坂阿署名本『宴曲集』翻刻と早歌引歌一覧、そして外村さんの略歴と著述一覧がついています。1と2は神田さんのお勧めで入ったのだそうで、外村さんは「そういうものは私の死後に出せばいい」と言われたのだそう。4を眼目にしたかったということは、なおも自身の研究の発展を思い描いておられたということでしょう。

初出で読んだものも多いので抜き読みする所存で開いたのですが、1から4までそれぞれに啓発されるところがあって、これからゆっくり読んでいくことにしました。全体に早歌という研究対象を愛し、その重要性を説く姿勢に迷いや私欲がない。これは当然のことのようで、現今の学界においては貴重なことのように思えるのは私だけでしょうか。

早歌は武士の芸能と言われ、平家物語の成長流動期と同時代の文芸なのですが、どうも芸能としての実態がぴんと来なくて(単に私の勉強不足です)、出典研究以上の関心を持つことが出来ませんでした。武士の芸能でありながら、極めて伝統的な書き言葉にぞっぷり依存しているのは何故なのか、そこから出発して考えてみたいと思います。

神田さんの編集がみごと。晩年の外村さんは研究者・大学人としての仕事だけでなく、後生をきちんと育てて逝かれたのだ、と改めて襟を正しました。