百人一首の現在

百人一首の現在』(青簡舎)という本が出ました。中川博夫・田渕句美子・渡邊裕美子編。あとがきによれば中川さん主宰の研究会の成果がもとだそうで、「百人一首」に関して、現在最も熱い研究を展示した、と言えるかもしれません。12本の論考と資料5篇が載っていますが、大きく①「百人一首」の成立、②「百人一首」と絵カルタの関係、③中川さんによる「百人秀歌」注釈、という3本の柱が立てられそうです。

全体を貫いて、「百人一首」は果たして定家の作なのか、という問いが意識されており、それに絡んで「百人秀歌」と「百人一首」の関係、歌仙絵との関係、「百人一首」の近世・近代の享受などのテーマが取り上げられています。

私はまず、平藤幸さんの「国語教科書の『百人一首』」を読みましたが、近世の寺子屋教育、女子用往来物の歴史を受け継いで、男女を問わず日本人の素養になってきたのが「百人一首」だったのは周知のことでしょう。実際、世代を超えて知られる名歌とそれにまつわる逸話の宝庫でもありましたし、基礎的な古典文法や和歌の技法が一通り含まれる、便利な教材でもありました。加藤弓枝さん「絵入百人一首の出版」や吉海直人さん「「かるた」に化けた『百人一首』」が、その背景を跡づけてくれます。

定家の選んだ「百人秀歌」が連歌師たちによって注釈を加えられ(川上一さんが宗祇について述べている)、「百人一首」へと変身していった過程(つまり「百人一首」は定家作ではない)は小川剛生さん「『百人一首』の成立」ですっきり理解でき、その問題を扱った田渕句美子さんや田口暢之さん、久保木秀夫さんや渡邊裕美子さんの論文からは、かつて樋口芳麻呂氏や島津忠夫氏の研究をわくわくしながら見ていたことを思い出しました。

渡部泰明さんの漫画「うた恋い」解説には、決め場の絵を添えて欲しかったなあ。