和辻哲郎の仏教哲学

山本栄美子さんの論文「和辻哲郎による『法華経』の考察」(「思想史研究」29)を読みました。山本さんは生命倫理学が専門で、2006年度、東京大学の宗教学宗教史学博士課程在学中に、本基金の奨学生になりました。2019年度に東大で博士号を取得し、現在はいくつかの大学の非常勤講師をしているそうです。論集『明日へ翔ぶー人文社会学の新視点ー 1』(風間書房 2008)には、「学問における「主観性」と「関係性」」という文章を書いています。

和辻哲郎は西洋哲学と日本古来の思想、殊に仏教思想研究とを融合させ、教学とは異なる立場から、哲学として考察したと評価されていますが、本論文はまず、1和辻の宗教に向かう視座 から説き起こして、研究史の要点を述べます。次いで 2晩年に没頭した宗教研究 3『法華経』に興味を抱いたきっかけ 4伝統的な『法華経』解釈との比較 5『法華経』の構造上の特殊性 6和辻による『法華経』解釈に伴う時間性の欠如 という章立てで、彼が日本文化における法華経の重要性に注目し、法華経を文芸と哲学の混血児と評して考察したことを述べていきます。

私は倫理学や仏教哲学には不案内なので、いろいろ初耳でした。殊に哲郎が、『義経記』の弁慶と牛若の出会い場面や『梁塵秘抄』を読んで、かつての日本における法華経の重要性を知って愕然としたという話には、日本の近代化過程の偏りを知らされ、こちらが愕然としました。若かった頃、彼の『古寺巡礼』を読み、親たちの世代が強く惹かれていたことは知っていましたが、改めてその偉業を認識したのです。定年後は一切のオファを断って著述に専念したという逸話にも、畏敬と共感を覚えました。

山本さんは、「宗教と倫理」19号(2019/12)にも和辻哲郎論を書いています。