死者に掛ける電話

大道晴香さんのコラム「「電話」と「死者」」(「國學院雑誌」6月号)を読みました。東日本大震災の後、死者と会話するために岩手県大槌町に設置された、つながっていない公衆電話「風の電話」のことは有名です。突然喪った死者との対話がかなり長期間続くのは、ごく普通の心理、それが大規模に起こったため公衆電話という形になったのだと思っていましたが、大道さんの考察によれば、死者との交流をめぐる宗教的な認知に着目すると、電話というメディアが採用されたのは必然だった、というのです。

日本では明治23年に電話交換業務が始まったそうですが、その黎明期から「この世ならざる領域との接続」という発想が生まれていたこと、古くから死者との交流は音声を通じて行われたこと、そして電話には、他者からの私的領域への強制介入という特性があることを、大道さんは指摘します。死者との聴覚的交流と、他者の領域への接続との結合が、「風の電話」の基底になったというのです。電話をめぐる怪異譚収集の経験と、死者との交流媒体への歴史的考察に基づく結論です。

本誌には金子修一さんの「唐帝の譲位時における改元についてー玄宗はなぜ一二月に開元と改元したのかー」、吉海直人さんの「『源氏物語』「つぶつぶと」考」という論文も載っていて、有益でした。前者は「中国皇帝の譲位と元号」(『天皇はいかに受け継がれたか』2019 積文堂出版)の続稿だそうで、元和改元が正月2日に行われたのは順宗が未踰年之君になるのを避けるため、開元改元が12月に行われたのは長期間の政治闘争の帰結だったと推測。後者は、太っている形容、粒状のものが落ちる形容、「詳しく」の意味など、多様な使われ方をする中古語「つぶつぶと」について、特に源氏物語での用法を考察したものです。