新入社員だった頃・カクテル篇

東京五輪の翌年、物価は上がり、カラーテレビも普及し始め、何となく街は希望に満ちていた春、同期入社で誘い合わせて六本木で呑んだことがありました。四大卒女子はこの年初めての採用でしたが、男子はマスコミ界に進出している大学の卒業生が多くて、酒にも慣れており、賑やかでした。

私は未だ飲酒の経験が殆ど無く、何を注文していいかも分からなかったので、とりあえず、ピンク色で小さなカクテルグラスに入っていて、チェリーが飾ってある、婦女子向けという感じのカクテル(ピンクレディという名でした)を飲みました。そんな少量のカクテルだったのに、翌朝、宿酔になったのです。

父親に話して叱られましたーよく知らない人と呑むときは、決して混ぜ物の酒を呑んではいけない、断れない時はその場で一番強い酒を生(き)で貰え、それをちびちび呑んでいれば誰もそれ以上勧めない、弱い酒を貰うと後から後から注がれることになる。

以後、その教えを守って、酒席では弱いふりをしないことにしました(若かったので、どんなに呑んで帰っても、雑誌「世界」の文章を2本読めるようになろう、という目標を立てました)。後日、映画のプロデューサー上がりの社員が、女の子を潰すにはコーラに強い酒を混ぜて呑ませる、という話をしているのを小耳にはさみました。

父の教えはもう一つありました―酒の席で仕事の話をしてはいけない、もし仕事の話をされたら、それは通常とは違うルートで解決しようという話だから、注意して聞け。業界が違うので、守る必要はなかったかも知れませんが守りました。おかげで学会の後など、あんたの傍では美味しい酒が呑める、と故広田哲通さんから慕って頂きました。