毛利家の平家物語

平藤幸さんの論文「「八葉の大臣」をめぐって」(「日文協日本文学」10月号)と「萩明倫館旧蔵長門本平家物語』首両巻をめぐって」(『軍記物語の窓 第五集』和泉書院)を読みました。最近鶴見大学が購入した長門本平家物語(巻一,二のみ2冊)を精査した成果です。平藤さんは丹念に調べて書く人で、この2本にもその誠実さがよく現れています。ただ前者は紙幅が限られていることもあり、副題にある「萩明倫館旧蔵長門本平家物語』本文の読み」は参考程度にして、今まで典拠不明とされてきた「八葉大臣」説話が、新唐書を典拠とする八葉宰相に基づくものという考証に絞った方がよかったと思います。萩明倫館旧蔵長門本山口大学蔵本と併せて完本になったことは、それとは別に大きな意味があることだからです。

この2冊本が古書店に出た時、私は仰天しました。山口大学蔵本のツレであることは一目瞭然です。半世紀近く前、全国に散在する長門本の伝本を片端から見て歩いた時のこと―山口大学附属図書館蔵の長門本平家物語は素性のよさそうな本でしたが惜しい事に巻1,2が欠けており、しかし受け入れ時のラベルには「全20冊」とあるので訊いたところ、図書館側は「欠本」とは言わず、以前貸し出したまま戻ってきていない、というような返答でした。それゆえ私はこの本が山口大学で買われることをひそかに望んだのですが、縁あって鶴見大学に落ち着き、今後誠実な調査を受けられるようになったことを寿ぎたい気持ちです。

平藤さんが推測している通り、明治大学本・萩明倫館本・国会図書館貴重書本は親近関係にあり、旧国宝本・岡大御筆本とは寄ったり離れたりの間接的な関係にあるらしい。明治大学本よりももっといい本が毛利家にはあったはず、と考えて、30年ほど前、故村上光徳さんと御一緒に随分関係方面を探したのですが見つからず、あるいはこの萩明倫館本がそれだったのかもしれません。麻原美子さんのグループは明大本を毛利家本だと割り切って校訂にお使いになったようで(毛利家旧蔵であることは確かですが)、そう判断する根拠が何か見つかったのかなと思っていました。伊藤家本の本文があまり古くないこともその通りですが、伝来や発見者に敬意を表してそっとしてきました。

このほかにも善本と思われる伝本があり、失われた本もあると思います。陽明文庫本、塩竃神社本、宮書大型本、内閣長府本等は、本文の善し悪しのみならず体裁や印記からも、一度調査してみる価値があるのではないでしょうか。また早大に18冊の伝本があり、もし山口大本と関係があるなら、欠本になった時期の手がかりが得られるかもしれません。