古事談が読める

伊東玉美さんが校訂し、現代語訳と評言をつけた『古事談』が、ちくま学芸文庫から出ました。上下2冊、計1030頁。主要参考文献、解説、人名索引を付載しています。

40年近く前、授業で『古事談』を読んだことがありましたが、何故この話が記し残されているのか、つまりこの話の面白さはどこか、とんと判らない話が多く、手を焼いたものでした。いわゆる「言談」(年長者が目下の者に語り残しておく、共同社会の知恵、もしくは禁忌の実例)とはこういうものか、と思いました。同じ社会に生きていれば面白くもあり、有益でもある内容のはずですが、如何せん、800年も昔、貴族社会の緊密な人間関係、全く異なる生活様式の中での逸話を、極度に少ない言葉で語る、それゆえに最も説話らしい説話の集大成なのです。

その『古事談』が、読書として読めるようになったー感無量です。川端善明荒木浩さんの校注『古事談続古事談』(新日本古典文学大系)が2005年に出てから、随分読みやすくはなったものの、読書として楽しむには未だ障壁が高すぎました。本書は、全ての話に評言をつけ(中には、さらりと逃げられた感のある例もありますが)、1話ごとの背景を説き明かすだけでなく、配列や巻の構成にも触れています。先行研究に助けられたには違いないが、この時代の雰囲気が具体的に感じられるようになったのはお手柄でしょう。

古事談』の真骨頂は第2巻の「臣下」にあると思っていましたが、巻3「僧行」や巻6「亭宅諸道」もまた、巻1の「王道后宮」を支え、巻4「勇士」、巻5「神社仏寺」も同様に、天皇を中心とする貴族社会の世界観を構築していることがよく分かりました。つまりそれぞれの話の核が見えてきたのです。同時に、事実を語り伝えるはずの言談を基にしていながら、『古事談』には虚構や錯誤が少なくないことも知って、新鮮でした。