遙かな海と空に

宮古島からマンゴーが届きました。真っ赤な果実の一部がぽっと紫がかって、工芸品のような美しさです。早速、仏壇に上げました。明日はフィリピンのミンダナオで戦病死した叔父の命日。以前、本ブログにも書きましたが、終戦の6日前に亡くなった通知だけで、骨箱は空っぽでした。

我が家では殆ど思い出話は出ませんでしたが、いよいよ南方に発つ前夜、僅かな時間の帰宅が許されると聞いた祖母は、隣近所に頭を下げて砂糖を分けて貰い、好物のおはぎをどっさり作って徹夜で待ったのに、とうとう帰って来なかったそうです。後日に聞いた話では上官が、里心がつくとよくないと帰宅を禁じたとのこと。戦況が悪くなっていることは、うすうす知られていたのでしょう。

我が家での供養についてもすでに書きましたが、父亡き後、叔父の顔も知らない私は、機会があればミンダナオへ挨拶に行きたいと思っていました。しかし彼地の治安が悪く、機会が得られぬまま私も年をとり、それは叶わなくなりました。遺骨は野戦病院の庭にでも埋められたのでしょうか。掘り起こして連れ戻したいとは思いません。もう故郷よりも彼地での時間の方が永くなり、叔父の魂は、ミンダナオの海と森を俯瞰しているのであろうと、私は思っています。

遺骨を取り違えるくらいなら、もう彼地で安らかに眠って貰う方法を考えた方がいいのではないでしょうか。取り違えられた異国人の遺骨も浮かばれません。私たちが彼地へ出かけて、故人の目で海と空を眺め、せめて水と塩(あるいは酒)とを持参して供養しては如何でしょうか。その時故人の魂は、天翔って故郷へも往来できると信じて。

我が家の仏壇には、知人・親族から贈られたプルメリア朝顔の紙細工が飾られ、南国と日本の夏が溢れています。叔父さん、ミンダナオはどうですか?