延慶本全注釈別巻

『延慶本平家物語全注釈』別巻として、『全注釈』の補訂と論考を併せ収めた1冊が出ました(2021/12 汲古書院)。『全注釈』の本文を収めたCDが付録に付いています。あとがきによれば、水原一さんの遺志を継ぐかたちで、1996年から2013年まで延べ44名が参加した研究会活動の成果だそうです。

論考篇には長短取り混ぜ19本の論考が並んでおり、佐伯真一「延慶本『平家物語』研究の軌跡と課題」、出口久徳「延慶本『平家物語』における「顔」をめぐる表現」、牧野淳司「延慶本の物語第二本(巻三)「法皇御灌頂事」にある道宣律師と韋荼天の物語について」など、延慶本を読むうちに直面した問題が取り上げられています。桜井陽子「『頼政記』考」は『頼政記』について、早川厚一さんの見解に反論し、本書は源平盛衰記を遡る本文を用いて抜き書きし、以仁王の乱を批判的に描く教訓性と、文武に秀でた武士への関心とを中心にまとめた物語で、『平家物語』受容の幅広さを示すものとしています。

近藤好和「先帝入水時の「山鳩色ノ御衣」について」、平藤幸「「尻鞘」考」からは、文学作品中に描かれた事物について注釈を施すことの難しさを、改めて知らされます。有職故実書はそれぞれの家、流派による見解を録しているのであって、現代の我々が使い慣れた事典類のような解説をしているわけではない。注釈作業を抱えている私は、自戒の念と共に溜息も出ました。

私にとって読み応えがあったのは、阿部亮太「認識としての「保元・平治」追考」、それに久保勇「近世・延慶本三写本の実態と環境について」、高木浩明「蔵書家としての角倉素庵」でした。殊に後者2本は延慶本がどんな範囲、どんな方面に流布したのか、他の異本とも関連して新しい視野が開けそうな視角です。