1782年

仏蘭西からジャックリーヌ・ピジョーさんが来日されました。御伽草子その他、日本中世文学を専門として、ひろく活躍してきた方です。私には市古貞次門下の姉弟子に当たります。赤門前で待ち合わせし、変わり果てた(図書館前の大楠も無くなった)東大構内を御案内して、正門から出ようとしたら、中核派がたった2人で演説をしていました。思わずあの時代が懐かしくなって、チラシを貰いました。公孫樹並木は未だ青いままです。

ピジョーさんは、日本酒を呑むのを楽しみにして来られたのですが、去年入った日本料理の店は潰れていました。隣の、博多料理を看板にしている居酒屋に入りました。メニュ―を見ると佐賀、熊本などの料理が並んでいるので、思わず「博多料理は何(なん)があるとね?」と1発、アピールしてしまいました。

よもやまのお話をしました。難民問題、宗教と女性の人権問題、女性研究者の老後の問題、いわゆる妊活と少子化の問題、欧州の日本文学研究の現状、男性から見た女性研究者の位置づけの問題・・・3時間半以上お喋りして、別れました。このところ毎年、12時間もかかるフライトを無事にクリアできるかどうか、心配しながらも来日、日本の海で泳ぐのを楽しみにしているとのことです。

お土産に、ルーブル美術館所蔵品のレプリカ、錫のぐい呑みを頂きました。1782年の銘が入っていましたが、その意味はよく分かりませんでした。錫のぐい呑みは、酒が美味しいとされています。来年も御一緒に呑めますように。