書物と権力

前田雅之さんの『書物と権力―中世文化の政治学』(吉川弘文館)という本が出ました。博学で無類の読書家である前田さんの著ですから、話題は広い。目次を摘記すると、古典的公共圏の成立、『風雅集』『玉葉集』の贈与、『源語秘訣』の変遷、延徳元年の実隆と宗祇、書物の移動をめぐる力学等々、ジャンルも時代も他の追随を許さない、と言えるほどです。

しかし覚一本平家物語について、基本的なことを受け売りのまま、お書きになったのは残念でした。覚一本平家物語を「室町殿に進上す」という、大覚寺文書中の文書の一節をもとに、覚一本が足利政権に管理され、平曲は室町幕府の式楽であった、とする説には、そもそも史料批判に問題があり、ある研究者が創った、一種の「物語」にすぎません。史料批判については、砂川博さんの『平家物語の形成と琵琶法師』(おうふう 2001)に詳しいので、前記の説を引用する人は(研究者であるならば)、必ず併せ読むべきです。砂川さんは大覚寺文書自体を調査して反論していますが、兵庫県史に翻刻された文書を読んだだけでも、これはいくつかの奥書を集成したもので、つなげて読んでいいかどうかは吟味が必要である、と分かるはずです。

その上、前田さんの著書に、「大覚寺蔵の覚一本奥書」(p180)とか、「当道流」(p182以下に頻出)とか、「公方からいわれて、おそらく正本を借り出し」(p183)「公方様の方からこちらに声をかけていただく」(p185)といった語句が散見するのは、誤解を招き、放置できないと思いました。ご本人にはすでに私信で申し上げましたが、再版の折には必ず、御検討下さい。