銀閣寺の牡丹

定時制高校に勤めていた四十数年前、京都の短大へ週1回、一般教養の講義をしに通いました。第1回の講義が終わって近くの寺の境内を通り抜けると、爽やかな晴天に、裸の幼稚園児が走り回っていました(その頃、裸保育が流行していたのです)。ふと、このまま京都を歩きたくなり、その日は本務校の授業はなかったので、公衆電話から職場の教頭へ電話をかけました(勿論、どこにいるかは内緒です)。教頭はすぐ許可してくれましたが、当時私は教務主任だったので何か相談事があったらしく、「そう言えば、あんたの机の上にある書類の中になあ・・・」とのんびり話し始め、料金の100円玉がどんどん落ちて行くのにはらはらしました。

ともかく宿を探し(突然の女性1人の宿泊なので、仲居さんからはかなり様子を探られましたが)、新緑の京都を歩きました。特段の理由なく有給休暇を取ったのは、これ以外には生涯を通じて記憶がありません。

この時の講義では「花づくしの系譜」と題して、『平家花揃』を中心に『宇津保物語』『源氏物語』から遊女評判記、坪田譲治までを論じました。京都駅の駅弁にしゃれたフランスパンのサンドイッチがあって、講義の後の車内で食べるのが楽しみでした。翌年あたりからは新幹線に故障が多くなり、京都まで往復してそのまま本務校へ直行する、といった綱渡りはできなくなりました。

あの日、銀閣寺の白砂の庭に咲いていた牡丹の花は、今でも瞼裏に蘇ります。