保元物語伝本考

早川厚一さんの「ー書評ー原水民樹著『保元物語』系統・伝本考」(「名古屋大学国語国文学」111)を読みました。書評と言うより紹介が主ですが、660頁にも及ぶ大著のエッセンスを明示してくれています。

そこにも書かれているように、『『保元物語』系統・伝本考』(和泉書院 2016)は我々が待望していた本でした。必ずしも入手しやすくない雑誌や記念論集に、ほぼ半世紀に亘って書かれた、しかし保元物語の研究では最も基礎的かつ必要な論考だったからです。しかしあとがきで原水さんが述懐しているように、商業ジャーナリズムとは無関係に、ただ探究心に忠実に、自らの研究の進展に沿って書き溜めてきた結果なので、一書として体系化するには苦心した跡が窺えます。

軍記物語というジャンルは、諸本の存在が問題であることが、どの作品にもいえることですが、作品ごとに伝本の悉皆調査を経験している研究者は数えるほどしかいないようになりました。原水さんによれば、保元物語の諸本はいずれも混態本の様相を示すもののようで、かつて村上學さんが曽我物語について、同様の結果を出しました(『曽我物語の基礎的研究』風間書房 1984)。当時私は、諸本研究を突き詰めると、どうしてどれもこれも混態本という結論に行きつくのだろう、と不審に思っていました。いま平家物語の諸本研究も、視野を広げてみれば、詰まるところ混態現象に行きつくと言えないこともありません。

原水さんには、本書に収められなかった、保元物語に関するすぐれた作品論・人物論が一書を成すほどあります。早川さんが書評の末尾に言う通り、その刊行が待たれます。保元物語平治物語の研究は、じつはこれからが佳境に入る分野だからです。