恍惚50周年

明翔会の山本栄美子さんから、2月28日発売「週刊朝日」の記事に引用された、とそのコピーが送られてきました。「出版50年 有吉佐和子恍惚の人』の真実」と題する記事です。高度成長期の昭和47(1972)年、小説『恍惚の人』が出版された時は、文芸批評よりも社会問題として評判になりました。騒然となった、と言ってもいいかもしれません。200万部を超えるベストセラーとなり、森繁久弥が「呆け老人」を演じた映画化も衝撃を以て取り沙汰されました。英単語を度忘れして再度辞書を引いた作者が、我ながら記憶力の低下に愕然としてこの作を書いた、との逸話は有名です。

当時、高齢者との同居が減り、いわゆる呆けを実際に見聞きしたことのない人たちが、この小説に突きつけられた老いの現実に狼狽した、という風に記事は述べていますが、私の記憶によれば、親の世話を引き受けない家族が増え、老いをただ醜く汚いものと蔑む風潮に対して、老耄に「恍惚」という語を与えたことで、誰もが老いを忌避せずに見つめるきっかけを作った小説でした。今でも思い出すのは、子供たちの許をたらい回しにされていく老人が、車窓にぼろぼろと食べ物をこぼす場面を切り取った短歌が朝日歌壇の首位に入選し、それを読んだ時に襲ってきた重圧感と悲しさです。一所懸命働いて老いた後に来るものがこれか、という衝撃と、ゆくゆく自分は老親を支えきれるか、という不安。

山本さんは昨秋、「日本社会の『老い』をめぐる分野横断的研究―『迷惑』と『ジリツ』の観点から」という科研費によるシンポジウムに参加、記事へのコメントを求められたのだそうで、作家の真意は、将来訪れる高齢化社会の問題を一般化することだったと言っています。有吉佐和子は「耄碌して迷惑をかけながらも生きていく」と宣言していたそうですが、持病があって、53歳で亡くなりました。