太平記秘伝理尽鈔と史料

今井正之助さんの論文「『太平記秘伝理尽鈔』と「史料」―楠木正成の出自をめぐって―」(「日本歴史」862号)と「『太平記理尽図経』覚書―『『太平記秘伝理尽鈔』研究』補遺稿4ー」(「愛知教育大学大学院国語研究」27号)の2編を読みました。後者は副題にある通り、今井さん畢生の大著を自らこつこつと補充し続ける1編。前者は、近年の日本史学楠木正成の出自を得宗被官とする傾向について、一部の史料操作に問題があることを、快刀乱麻を断つが如く再検討・論断したもの。

林羅山の『京都将軍家譜』『鎌倉将軍家譜』、浅井了意の『本朝将軍記』、馬場信意の『南朝太平記』を初め『鎌倉北条九代記』、『高野春秋編年輯録』、『紀伊風土記』などいわゆる「史料」として使われるものの大半が、『太平記秘伝理尽鈔』の影響下にあることを次々に断定していきます。この頃の論文が、妙に気配り用心が行き届いて歯切れがわるいのに比べ、今井さんは小気味よく判定を下していきますが、その裏には膨大な実証作業があること(例えば楠木石切場の所在地名を、旧土地台帳を請求して調べるなど)、暢気者の私には目眩がしそうなくらいです。

しかし『高野春秋編年輯録』などは、虚心坦懐に読んでみれば、史料としてはあまりに物語的要素が目立つなど不審が多いのに、『平家物語』の注釈でも永らく使われていました。こういう作業がなければ、いつまでも、軍記物語が史学を誤らせるといった批判(それは軍記物語の咎ではない)が絶えないでしょう。

それにしてもこの広大な探索範囲、粘り強さ、人並み外れた精力・・・こういう人の仕事に遭遇する時、石川啄木のように思わず呟くのです―花を買い来て妻と親しむ。