物語の変貌

三角洋一さんの論文「改作物語の和歌」(『物語の変貌』若草書房 1996)を読み直しました。平家物語の諸本をみていくと、何故か和歌には本文異同が多い。若い頃は、一字一句を重んじる和歌の詞がどうしてこんなに動くのだろう、と不思議に思いました。口承によるからだという説明もありましたが、散文の中に填め込まれた和歌が口承というのも腑に落ちず、出典に勅撰集などが挙げられる歌も揺れ動くので、疑問のまま放置してありました。

三角さんは改作物語の方から、平家物語御伽草子と共通する(とみなせる)和歌をとりあげ、その先後や物語に導入された階梯を探ろうとしています。はっきりした証跡のあることではないので、かなり大胆な推定を繰り返しているように見えますが、ひとまず仮説を立てておいて、順次調整していく所存だったのでしょう。

この論文の初出は昭和60年3月。私も覚一本平家物語の和歌表現について考察したりしていました。お互いに自分のことでめいっぱいだった時期です。書いたものはお互いずっと交換してきたのですが、もっと相手の領域に踏み込んで、共通の関心事について議論しておけばよかった、と悔まれます―時は取り戻せません。

私は今は、口承とは言わないまでも、名歌は記憶に頼って書き留められたり、あるいは名歌であるが故に一部手直しして利用されたりするのかもしれない、と考えています。当時の三角さんの予測から、あまりかけ離れていないかもしれません。