雨月物語

島弘明さん校注の『雨月物語』(岩波文庫)が出ました。かつて鳥取大学を離任した際、後任が来るまでの集中講義を近世は長島さん、中世は佐藤恒雄さんにお願いしました(なんと豪華な顔ぶれでしょう!)。学生たちの評判は、とてもわかりやすい講義だった、とのことでした。

本書の解説もわかりやすく、要を得たものです。その示唆を受けて、「浅茅が宿」の、主人公が徐々に夢から覚め、廃屋で一夜を明かしたことを認識していく部分を読み直しました。何度か読んだことのある作品ですが、改めてじっくり読んでみたくなります。

凡例に底本(梅村判兵衛・野村長兵衛刊初版本)のルビ、句読点を訂したとありますが、ときどきおや?と思う箇所があります。版本の清濁があまりあてにならないことは承知していますが、「すさまじ」の「さ」は近世では濁音でしょうか。また、p27l4の「こそ」は、下の「今夜の法施に随縁したてまつる」にかかって強調するものだと思います。

滝沢馬琴とその周辺では、長門本平家物語を読んでいました。秋成も当然、源平盛衰記を読んでいたはず。長島さんの作った本文に導かれて、何十年ぶりかで秋成を楽しみたいと思います。

納税義務

確定申告をしに税務署へ出かけました。親の家を処分したので今年は用紙の入手から、複雑な計算方法を理解するまで、10日以上かかり、その間ずっと、重くて暗い気分の日々でした。税務署では相談中も書類記入にも待っている間も、座らせてくれず、1時間半立ちっぱなしで、ひょろひょろしながら帰りました。

未だ申告期間の前半なので、財布だけ持って来たという老人や、1月以降の収入も合算するのかという初歩的な質問を持って来た人なども含めて、行列が続いていました。納税は国民の義務ではありますが、計算する以前の判断に迷うことが多すぎます。電子計算しようとしても、この場合はどっちに該当するか、といった項目があればそこで行き詰まる。

セルフメディケーション税制による医療費控除」なんて、知っていましたか?医療費控除はかなりの高額治療を受けていないと該当しませんが、こちらは¥1万2千以上から該当するので、去年はいろいろ医者にかかったから可能性があるかも、と思ったのですが、購入した医薬品がいちいちそれに当たるかどうか、分からない。かかりつけ薬局か処方箋を出した窓口で教えて欲しかった、と思いましたが後の祭。

西片町の喫茶店で一服し、ボルシチを食べて帰りました。今日は気温が高くて、梅がちらほら咲き出していたのが救いでしたが、帰宅後納税手続きを確認したら、これまた分からないことが出て来てしまいました。3月15日までには未だ問い合わせや手続きが必要なようです。アベさん、ちゃんと、無駄なく、使ってね!

膏薬

今年の冬は一際寒い、というのがどこの店へ入っても挨拶代わりになりました。例年、手袋なんかしたことは殆どなかったのに、今年ははめずに外出するとたちまち指の関節にひびができて、痛い。ハンドクリームを塗ってもなかなか治りません。

子供の頃、祖母は、毎晩家事が終わると、黒い塊を火鉢の灰の中で焼いて、手のひびに埋め込んでいました。じゅっと湯気が上がって、見るからに痛そうでしたが、これが治療法だと言っていました。何かの膏薬だったのでしょうか。

今年はほんとに寒い。山形や福井の積雪は、TVニュースで視るだけでも重そうです。鳥取在勤時代のことですが、新潟県出身で着任3年目の書道の教員(普段は用心深い話し方をする人でした)が、酒の席で「鳥取は除雪対策が遅れとる。新潟は街路に注水管が敷設されていて、1日中消雪される」と気炎を上げたことがありました。みんな黙って聞いていましたが、翌日、学生の1人が私の研究室へやって来て、「鳥取は降っても80cm。一晩で何mも降る新潟とは違う!」とコメントして帰りました。

羊羹

芥川龍之介の書簡集に「羊羹をありがとう(こう書くと、羊羹に毛が生えているような気がしてならぬ)。」という礼状があります。芥川も漱石も、胃酸過多で悩んでいたのに、なぜか甘い物を貰って書いた礼状が多い。周囲も気が利かないなあ、と以前は思っていたのですが、自分が胃腸を悪くしてみて納得がいきました。運動不足(座ってやる仕事が多い)で、ストレスが多くて、酒を呑まない、となると甘い物くらいしか楽しみがなくなるのです。

朝は家事から仕事へ移るときに珈琲を、夜はその日の分の仕事が終わったときに酒に合う手料理を、というのが永い習慣だったのに、刺激物をやめたので一日のメリハリがなくなった、とかかりつけの医者にこぼしたら、我慢しなさい、と叱られました。我慢していたら治りますか、と訊いたら、症状がよくならなければ再検査、との返事。つまりはあれこれ試してみている段階が未だ続いているんだ、と分かり、落胆。せめて、文豪たちと同じ生活になったのだと思うことにしました。

医者からは水分をこまめに摂るよう言われたのですが、仕事の邪魔にならないように補給するのが案外むつかしい。食事に合う、刺激物でない飲み物を探すのに試行錯誤しています。日本茶だけではつまらないし、市販の飲料は甘すぎるし、味噌汁やスープでは塩分が多くなるし。それに酒でない飲み物に合わせた季節料理というものがなかなか思い浮かばず、買い物に行ってもうろうろするばかり。40年来の生活を変えるのは、簡単ではないようです。

羊羹という文字には毛が生えている、という芥川の想像には同感です。なぜかと言われると説明に困りますが・・・

標準服

生涯で制服を着たのは高校3年間だけです。都立の中でも当時は極めつきの進学校、「標準服」だということになっていましたが、私服は許されず、冬にカーディガンを羽織っただけで厳しく追及されました。男子は詰襟のセルロイドの芯が痛い(喉仏が大きくなる頃なのです)と言って、こっそりフックを外しては叱られていました。女子はセーラー服でしたが、ウェストを絞ったり、上着丈を短くしたり、微妙な自己主張をする人もいました。共布のネクタイを独特の形に結ぶのに手間がかかり、朝はせわしい気分でした。

私は当時、脊椎カリエスの後遺症でコルセットを着けていたので、身体の線が出ないセーラー服は、今思えば有難かったのかもしれませんが、袖口の白線が汚れて黒ずむのがとてもいやでした。休日に歯ブラシで部分洗いをしてみたりしましたが、限界があります。殊に初夏には汗をかいても着替えられず、夏服になっても毎日洗うわけにはいかないので、現在なら堪えられないと思います。

伝統ある学校なんだから、と事あるごとに教員が説教するのを聞くうちに、「伝統」とは、殊更言い立てて他人を束縛するのに使う言葉だ、と思うようになりました。今でも褒め言葉として聞く前に、ちょっと構えてしまいます。伝統とかブランドとかいうものは、日々の誠実さの結果であるべきで、目的ではないと思うからです。

その後母校は、高校紛争時代に激しい荒波を被り、帰国子女受け入れ校に特化して、同じ学校とは思えないほど自由な校風になったようです。ネットで検索したら、キーワード首位に出て来たのは、同窓の後輩のブログでした。標準服なんて気にせず楽しく明るい高校生活だったよ~、という内容です。

ウィスキーボンボン

聖バレンタインは伝説の多い人らしく、小鳥たちに愛されたとされ、鳥に囲まれて説法する絵を見たことがあります。弊国で言えば良寛さんのような人でしょうか。この時期は日脚も延び、鳥たちの恋が始まるので愛の記念日になったのだという説明を聞いたことがありますが、四季のある日本で作られた説明でしょうね。

アメリカでは恋人に限らず、理由なく贈り物をしていい日で、身寄りのないお年寄りにプレゼントしたりする、と友人から聞いたことがあります。最近は義理チョコが廃れ、自分への御褒美に買う人が多いそうですが、それもまたいいと思います(1粒¥1000!のチョコもあります)。尤も男性は、深い事情はなく女性からプレゼントされ、お返しを選ぶのが嬉しいらしく、父もかつて、部下の女性たちから連名でウィスキーボンボンを頂き、ホワイトデーにはいそいそとナッツの詰め合わせを買いに出かけたりしていました。

私も現役時代、仕事以上にお世話になった男性にはバレンタインのチョコを、女性には雛祭のお菓子をお送りする習慣にしていました。お返しにはエプロンやハンカチを頂くことが多かったようです。今日これから、義理チョコを選ぶ女性に忠告―酒好きにウィスキーボンボンを贈ってはいけません。酒好きは、酒は酒、甘味は甘味と峻別して愛するのです。あのボンボンは、けっきょく1年間、仏壇に上がったままでした。

立雛

確定申告に必要な書類を捜索したついでに、納戸で雛道具の箱を開け、いつもとは違う雛を出すことにしました。母が嫁入りに持って来た親王雛は100年以上経って、鼠に鼻を囓られたりしているので、例年大内塗の達磨型の親王雛を飾っていたのですが、今年は立雛を出しました。桜の小枝を削って絵付けしただけの素朴な雛人形です。立てるとちょっと傾くのも野趣があります。胴の部分に藤の花の絵が描かれているのは、藤原氏と関係があるのでしょうか。鳥取の岩井温泉で作られたものを、県の物産館で買ったので、温泉には未だ行ったことがありません。着任した年の忘年会で、単身赴任の美術教師からしきりに誘われたのですが、私も未だ若かったので、警戒して行きませんでした。今となっては、雪の中を訪れることは無理なようで、残念です。

それだけでは寂しいので、子供の頃、父が作ってくれた木彫りの雛も出しました。物の無い時代だったので、角材を小さく切って、彫刻刀で彫り出した山型の1対です。そして、出張のついでに買って来た、直径1.8cmくらいの土鈴になっている1対(ちゃんと金屏風も赤い座布団もついています)も。京都だったか愛媛だったか、買った土地を忘れてしまいましたが、無茶苦茶忙しかった頃、とりあえず机上に飾っておいたのでした。

小さい人形ばかりですが、朱塗の盆に載せたら格好がつきました。シンボルカラーの雛菓子は、ホワイトクリーム・抹茶・苺ジャムをそれぞれ包んだ一口チョコを盛り合わせることにしました。白酒代わりにはロゼワインの小瓶を。