とか

午後2時半に電話が鳴りました。この時間は、10時半の次に詐欺電や迷惑電話のゴールデンタイム。いつもは用心しているのですが、このところ編集者とのやりとりが切迫しているので、つい受話器を取ってしまいました。

「もしもしイ~」と語尾が上がる。この時点で、しまった、と思ったのですが後の祭。中年女性の声で、「E-損保の(良い損保、だったかもしれません)○×△□(よく聞き取れない。これも詐欺電の特徴)ですが、ご主人様とかいらっしゃいます?」剣もほろろに切りました(迷惑電話には上品に対応してはいけない、つけこまれるから、というマニュアルがある)。一時期はワン切りがよくあり、折り返し電話を誘う詐欺の一手なのだそうですが、我が家の電話機はかかった番号が表示されないので、生憎でした。

個人情報保護がうるさく言われるようになってから、却って個人情報に値打ちがつき、古い名簿などが売り買いされているようです。同窓会名簿を見たらしい不動産屋から、別荘地お勧めの電話がかかった時は、「いくら勧められても無い袖は振れません」と言ったら、受話器を叩きつけて切られました。

書きものをしている時の電話は、対応時間だけでなく思考が途切れてしまって、被害甚大です。掴みかけていた言葉や概念が、取り逃がしたらもう戻ってこないこともある。自分は座ったままで、どれだけ相手に損害を与えたか分かっていないだろうと思うと、よけい腹が立ちます。ぷりぷりしながら机に戻り、ふと思ったのは―「とか」って言われる「ご主人」って、いったい、どんな地位なんだろう?

和漢混淆文

堀川貴司さんが花鳥社の公式サイトに、和漢混淆文のことを書いています。「和漢混淆」文は、和文と漢文の混融したものと考えるより、じつは和文と漢文、それぞれに雅体と俗体があり、俗語俗文、つまり俗体の要素も混淆して三巴になっていると考えた方が実態に近いというのです。そして、その俗体の実例として聞書、講釈の文体を挙げています。

平安末期から中世、それも中世前期から後期へとさまざまな言説が出来、和漢混淆文も多様に変化していることを考え合わせると、とてもよく納得ができる説明です。さらに変体漢文と呼ばれる文体のことも、このように考えると理解しやすい。

かつて故三角洋一さんが日本文体史を構想して、表記や文体と交錯する文学史を書こうとしていた時、私は彼の立てている仮説に異論を唱えました。なぜなら軍記物語は、同一作品が片仮名交じり、平仮名交じり、さらに真名文にも書き換えられるからです。そのせいか、三角さんは覚一本平家物語の文体を論じないまま亡くなってしまいました。爾来、私もずっと、和漢混淆文の発達史が気になっていたのです。

軍記物語研究では、佐倉由泰さんが『将門記』を、「吏の漢文」「吏の文学」という観点で論じています。和漢混淆文や変体漢文の変遷は、軍記物語史とも不可分なものでしょう。軍記物語講座第1巻、第2巻がきっかけになって、表記や文体、即ち文学の内容だけでなく表現についても論じる機運が起こって欲しいと思っています。

諦める

先週、春日通りを渡ろうとしたら信号が変わり、20代のOL2人連れが、「あっ、諦めよう(次の信号で渡ろうという意味)。だんだん諦めることが多くなるね」と笑っていました。なんだ、未だそのトシで、と思いましたが、多くのことをつぎつぎに諦めていくのが人生だ、というのはほんとうです。そうして掌の中に残ったものが、自分の人生になる。

アフガニスタンで亡くなった中村哲さん。眼前の不幸を見過ごせない人だったのでしょう(九州男児にはときどき、そういう熱い人がいる)。ラオスにも、ヴェトナムにも同じような日本人医師がいます。私も若い頃は東南アジア問題の専門家になろうと思ったし、高校時代の同級生には将来、国連で働くんだと言っていた人が何人もいました。日本が敗戦からようやく立ち直り、世界の発展途上国問題が目に入ってきた世代だったのです。

国旗に包まれ、悲痛な面持ちの大統領に担がれる棺をTVで視ながら、あの夢はこういうものだったのだ、と改めて思いました。体力がないから、あるいは志望した機関が女性は採用しないと言ったから諦めたような所存でいましたが、やっぱり自分には果たせなかった夢だとしみじみ思ったことでした。

誰がほんとうに民の生命と暮らしを案じたか。銃を以て支配を勝ち取って何をしようというのか。国家とか教団とかがなくなってしまえば解決するのだろうか。素朴な疑問と憤りは尽きません。我々も無念だけれど、棺の重みを肩に感じながら、あの大統領はさぞ無念だったろうと思いました。

ひとつ不思議なのは、NHKがずっと「中村さんの帰国」という言い方で通したことです、遺体でも棺でもなく。法的な問題があるのか情緒的な気配りなのか、でも報道の言葉としては、ちょっと変ですよね。

公孫樹並木

速達を出しに本局へ出かけました。雨をたっぷり吸った舗道は黒光りして、空気が冷たい。用が済んで、ふと公孫樹並木を見る気になり、遠回りして東大の正門を入りました。みごとに黄葉していました。毎年、春先にはほとんど棒杭のように剪定してしまうのですが、今は時計台が見えなくなるほどの黄色いトンネンルになっています。地面にも堆く積もり、濡れているのも構わず子供を座らせて写真撮影する親子や、犬を散歩させる女性などで賑わっています。

濡れ落葉で足下が滑りそうなので、並木を潜るのはやめ、赤門に向かって歩きました。大学直営の売店が開いていたので入ってみました。独法化されてから、大学のブランドグッズで稼ごうとしているようですが、べらぼうに高い(日本酒の2合瓶が¥2100!)のと、ロゴがどうにも野暮ったいので何も買う物がありません。辛うじてヨーグルト(ネーミングは「研Q室ヨーグルト」。美味しそうな気がします?)が普通の価格だったので、そう言えばこの前連れと来た時は、連れの分までで売り切れになったのを思い出し、買ってみました。

裏道を通って、マンションの植え込みの囲いに腰を下ろして休んでいる犬連れの老人を見かけました。我が家は猫しか飼ったことがないので、犬の感情はよく知らなかったのですが、最近のペット番組ブームで、何だか犬の表情が読めるようになってきました。信号待ちの間、気まぐれな女主人に引っ張り回されてとまどう犬、すぐ休みたがる老主人をいたわるように待つ犬・・・動物の方は一所懸命なのが、可哀想でもあり滑稽(何も気づいていない人間が)でもあります。

帰ったら、未だ5時前なのに真っ暗でした。

抱き合わせ

大学共通入試の国語・数学記述方式採用が延期になりました。英語の民間試験導入といい、国語・数学記述式の採用といい、こんな無茶な改革案を作り、実施を決めたのはどいつだ、出て来い、と言いたくなります。記述式の問題点も英語の4技能重視についても、すでにこのブログで書いたので繰り返しません。早い段階で教育現場の声を聞いておけば、こんなことになっていなかったと思います。

そもそも大学入試本来の目的に、50万人一斉の英語4技能測定は必要だったでしょうか。記述式も大学ごとの2次試験でなら、十分実施できます(今までもやってきた)。すでにブログに書きましたが、大学入試は大学で学ぶのに必要な学力を検査するものであって、一国の教育全体の方向を牽引するものではありません。そして入試は公平でなくては意味をなしません。本来の目的を潰してしまうほど弊害の大きい改革案を、どうして実施するのでしょうか。政府はメンツなどにこだわって、細部を改善した上で必ずやる、などと言い張らないで欲しいと思います。

最近の政府のやり方には、妙にせこい(姑息な)抱き合わせが目につきます。マイナンバーカードを普及させるために消費税のポイント還元をするのも同様でしょう。大きな仕事をする時は、戦線を限定し、目的に応じた実施目標を絞って、集中することが鉄則です。抱き合わせ販売は、公取委も厳しく取り締まるところです。

大学入試制度によって、将来の国民の学力到達水準を左右しようという考えは、根本的に間違っています。大学に入ることも、そのための全国一斉試験も、万能のものではない。限られた検査で測れることを手がかりに、大学側が4年間の教育システムを設計する、というだけのことです。

目刺

玄界灘志賀島から干物が届きました。生干しの目刺が入っていたので、さっそく味噌汁の具を買いに行かなくては、と思いました。目刺はやはり、米飯に味噌汁、それに漬物という組み合わせが定番。日来、朝はパン食の我が家ですが、目刺のある朝食は日本の原風景みたいなものでしょう。

かつて行政改革に実績を上げた財界人が、朝食のおかずは目刺だというので、清廉質実の証明つきのように取り沙汰されたことがありました。仕事の場ですぐ近くにいた亡父は、いやしかし夕食には、若い部下でも食べきれないステーキをぺろりと平らげる人だからね、とその実像を描写していました。

一面的な情報には用心が必要です。よく知らない世界の人を、思い込みで仮想敵や味方に数えるのは愚かしい。「経団連」の人たちは古典文学よりも理数科目を学校教育で推進すべきだと考えているかのようなツイートを見かけましたが、いったい、何の根拠があって?財界人の多くは、各国の教養人と話せるために、もしくは政治経済に直接触れずに会話を進めるために、とびきり芸術や古典に詳しい。また、かつてある財界人は、「現場で必要な知識の多くは、学校で学んできてもすでに古くなっている。必要なのはその先の技術であって、それは現場で身につけて貰う」と発言したことがありました。

ひろい視野と応用力、眼前にないものや自分とは異なる立場をありありと想像できる能力、それらを養うのはリベラルアーツです。一面的な思い込みで自説を押しまくらないためにも、ぜひ文学に親しんで欲しい。

木がらしや目刺にのこる海のいろ-芥川龍之介の名句です。遠い玄界灘を想いながら、来春までの昇降激しい長距離ランを完走するぞ、と誓いました。

日本列島

パンジービオラの色々の苗を買い揃えました。これでもう、今冬の準備は出来た、後は植え替える時間を見つけるだけです。菊の咲き出す時期が1ヶ月ほど遅れたので、例年訪れる蜜蜂はもう来ません。先月初めには毎日やって来て、花のないベランダを飛び回り、ある日、菊の葉の上で暫く眠っていました。待ちくたびれた恋人のようで、可哀想な気がしましたがどうにもなりません。翌日から来なくなりました。咲いたよ、来てごらん、とメールがあれば送ってやりたいのですが・・・

TVでは北国の吹雪を伝えています。バスを待つ間、舗装道路の表面を巻き上げるように過ぎていく吹雪、昼間もまるで夕暮れのようにしんしんと降り籠める粉雪、鉛色の海面に吸い込まれていく牡丹雪・・・40代で経験した鳥取の冬が思い出されます。今の体力ではもう暮らせないけれど、暮らせる時期に何箇所も、地方勤務を体験できたのはよかったと思います。TV画面で視ても、自分の郷里のように眺めることのできる土地が複数できたからです。

宇都宮では、大学構内の落葉をリヤカーに積んで片付ける作業が、1日に何回も行われていました。名古屋では並木の紅葉が美しく、しかしあっという間に裸木になってしまうのでした。図書館長をしていた時、周囲の桜紅葉があまりに綺麗で、通りすがりに拾って来ては机上の書類の山に突っ込んでおいたので、後任者は引き継いだ資料の中から出てくる押し葉に驚いたかもしれません。

鳥取では今頃、道路脇に消雪のための塩の袋が積まれ、積雪時の目印として赤白のポールが立てられ、駅前の植え込みにも雪吊りが架けられます。県花山茶花。冬は魚が美味しくなる季節でもありました。