叱られ上手

流通・サービス業を中心とする労働組合連盟が、政府にクレーマー対策を講じるよう申し入れた、というニュースに違和感を持ちました。何でもかんでも「お上」に解決を求める風潮は、私たち自身の足元を危うくします。

たしかに、しつこく相手の弱みにつけこんで憂さ晴らしをする人物がいないわけではありません。クレームをつけ始めると人柄が変わったように自ら興奮する人もいます(福岡方言では、そういう状態を「言いかぶる」といいます)。しかし最近、私が手を焼くのは、過失をマニュアルや保険に頼って済ませようとして、却って解決を遠ざけてしまう中年・若手が増えたことです。トラブルが起こった時、どうすれば収まるかの見通しを立てずに、いきなり賠償制度を持ち出したり、どちらに非があるかの議論に入ったりする人間が多いのです。

ここ1,2年、親の家を片付けるのに運送屋を度々利用しましたが、形見分けのアンティークを福岡に送ったところ、大手運送屋の荷扱いが荒く、壊されました。取り返しはつきません。謝って貰って収めるしかないので、そうなるように(そうしろ、とは言えない)暗示しているのに理解せず、対決姿勢かスルーかの間で荷物は東京ー福岡間を何往復もし、私は福岡への長距離電話を何度もかけるはめになりました。さすがに、「郵便小包と競争していた頃どんなに味方してやったか、それで今日があるんだよ。忙しいからと言ってお客に当たるな!」と説教してしまいました。

流通業の中間管理職らしい女性がTVニュースのインタビューで、退職者が社会とつながりたくて説教するケースが増えたのでは、とコメントしていたのには苦笑しましたが、初めは叱られ、ころあいを計って謝り、どうすれば許されるかを探る、というのがトラブル始末の定則ではないでしょうか。怒る方が「それでいい」、と言える瞬間を双方が作ること、それが出来なくなったのは、何故でしょうか。

子供の頃から叱られ、叱る経験が少なくなったせいではないか、という気がします。叱られ上手になることが、社会へ出たら必要です。叱り上手になることが、つまり大人になることだと私は思っています。

 

まだあきらめない

リポート笠間63号が届きました。まず第二特集の「古典のひらきかた―まだまだ、あきらめない!」から読みました。石井倫子さんの「古典ガールの底力―古典で遊び、発信すること」、須永哲夫さんの「助動詞擬人化始めました~」、森田貴之さんの「古典で日常に割り込む」は今どきの若者のメディアに乗り込んじゃう、という共通点があって、面白くもあり、また学生とこういう創造の場を共有できる大学教員がざらになった(ざらではないかもしれませんが)ことに、一抹の感慨を抱きました。

石井ゼミの「週刊中世」は、この春に見せて貰って感嘆し、ほんとに「週刊」でウェブ公開しては如何、と強く勧めたのですが、中世文学会事務局を引き受けたのでそれどころではない、と断られてしまいました。尤も、p45に載っている「祇園精舎の鐘の声/マジ騒音/後白河院でさえ苦い顔」は存疑。「祇園精舎の鐘の音はゴーンとは鳴りっこない!」というキャッチコピーの本もあるくらいで、「お見送りの鐘が心地よい/優良ホスピス一覧/1位は祇園精舎、次点は天王寺沖」とでもしたいところ。

副題が「まだまだ、あきらめない」とはちょっと悲しすぎる気もしますが、それほど古典は追い込まれている、ということでしょうか。編集後記には、代替わりと発展的転進の辞が述べられています。今後もどうかよい航海を!

 

 

軍記・語り物研究会415例会

軍記・語り物研究会の例会に出ました。発表は、井上翠「『源平盛衰記』の巴の物語」と粂汐里「絵画化された説経・古浄瑠璃作品について」の2本です。

井上さんの発表は源平盛衰記を作品として読もうという試みの一環で、丁寧に盛衰記の本文を辿っていきました。近年のこの会の傾向でもありますが、先行研究のあれこれを満遍なく拾うけれども、それらはみな目的の異なる論考であり、まずは自分の立ち位置を明確にしておかないと、聞く方は勿論、発表者本人も道筋を見失ってしまう可能性があります。そして、じつは平家物語の諸本論は、ここ数年のうちに根底から大きく変化しつつあり、何が変わりつつあるかを感じずに作業をすると、のちのち方向を誤ってしまうことになりかねません。その旨、率直に発言しておきました。

粂さんは精力の必要な分野をがんばって勉強していて、今後が楽しみだなと思いました。古浄瑠璃説経節・幸若・御伽草子、そして軍記物語の関係と分別は、なかなか一筋縄ではいきません。ましてその絵画資料となると、関連資料の探し方、捌き方も手探りの部分が多いと思います。中世と近世に跨がり、歴史・芸能・文学・美術史に跨がる、まさに精力と根気の要る作業の連続でしょうが、それだけに宝の山でもあります。

帰りにアメリカから源平盛衰記の研究のため来日しているV・セリンジャーさんから、ベンチで(この頃は喫茶店でお喋りをすると、うるさがられたりするので)、今後の研究計画を聞きました。平家物語の血の記述に関する論文を書き終わって、今度は苦痛や死の恐怖の記述について考えたいそうです。もう一つ、ラーマーヤナに見える貞女説話の日本での変容についても、構想があるとのことでした。

自分のやりたいことを、言葉を探しながら組み立てていく現場に立ち会うのは、楽しいものです。街にはもう、クリスマス・イルミネーションが燦めいていました。

シートベルト

タクシーに乗ってつらいのは、左斜めに掛けるシートベルトです。まず差し込み口が座席の中に埋もれていてなかなか見つからず、見つかっても、体をねじりながらでは差し込みにくい。体格のいい男性ならちょうど良いのかも知れませんが、座高の低い私はちょうど首のあたりにベルトが掛かり、苦しいので片手で引っ張り続けていなければなりません。いざ衝撃が来たら首を絞められることになるのではないかと怯えています。設計時も完成検査の時にも、体格の異なる客が使うものであることを想定していない、と思います。

どうして、中央座席だけでなく全部を飛行機のシートベルトのように出来ないのでしょうか。自動車メーカーでは、誰もそんなことを考えつかないのでしょうか。これほど技術革新が進んでいるのに・・・

使用者の使い勝手は勿論ですが、製品が使われる場の周囲のことを想像する能力も、技術者には必要でしょう。近所で道路工事があると、甲高い電子音を鳴らし続けながら作動する地均し機に悩まされます。「サハラ砂漠の中で工事してるんじゃないだろ!」と怒鳴り込んでも、工事関係者は「この機械は騒音の少ない型です」と答えるだけ。こういう機械は住宅街の中で使う場合が多い、ということを設計者は考えたことがないのでしょうか。

現場事情

東京出張のついでに、と言って鳥取から教え子がやってきました。今や50代半ばの高校教諭です。鳥取県警はいまたいへんだね、という話から始まり、この冬は雪が多そうだということ、駅前の政治家の銅像のこと、豪華列車の停車駅のこと、かつてのゼミ生の消息、大学改革後設置された新学部の存在意義から、現在の高校現場の諸事情、村上春樹論、伝承文芸の方法、文学と政治の関係等々、いろいろお喋りをしました。

鳥取もずいぶん変わったろう、と言ったら、いや基本的に30年前とあまり変わりません、との答え。旧ゼミ生のその後の家族構成も詳しく把握しており、TVニュースは相撲巡業の懇親会会場を決して映さないがおよそどこの店かは分かっている、とのことで、街の規模や人の非流動性からくる濃密さはたしかに昔のままのようです。

久しぶりで高校現場では何をどう指導しているのか、何が問題になっているのかを聞き、時世の変化を痛感しました。変化の大きな原因にはITの発展と普及が関わっている気がします。人間が等身大でなくなり、新しい情報を過信しているのではないか。時代の変化に適応した対策が立てられた為に、じつは問題の解決からは遠ざかっている場合もあるのではないか―あれこれ考えることは多いのですが。

真面目なタイプなので胃潰瘍を何度も経験したそうですが、「医者に訊いたら、食道炎は日本酒を呑んでもかまわないそうですので」と言って、日置桜を手土産に持って来てくれました。青谷の酒です。ともかく仏壇に上げましたが、早速、肴にはあれとあれがある、と冷蔵庫の中身が頭に浮かんできました。

 

雪支度

北国の公園では植木の雪吊りが始まっているでしょう。鳥取では市内を流れる千代川に白鳥が飛来する頃、道路脇には山のように袋が積まれ、赤白だんだらの細いポールが立ちました。道路工事が始まるわけでもないのに何だろう?と思ったら、除雪車が雪に埋もれた植え込みを削ってしまわないための目印と融雪剤に使う塩の袋でした。

豪雪地帯の新潟などは街路の真ん中に放水設備があり、新幹線の線路でも、関ヶ原の付近ではこの時期放水設備の試運転が行われ、線路上に噴水が出現したような不思議な光景を見ることがあります。

世田谷に住んでいた時、両隣が福岡出身と北海道出身の人でしたが、雪掻きの流儀が違うのです。朝早く積もった分だけ掻く人と、前の晩から掻いておかないと明日困る、と夜遅く掻く人。一番厄介なのが自分の通る時だけ湯を撒く人。やがて凍ってとんでもなく危険になります。

鳥取の雪は水分が多く、おろし大根の中を歩いているような感覚で、バスのステップが高いため積雪の中へ降りるときには、ちょっと勇気が要りました。鳥取へ赴任して初めて雪が積もった日、キャンパスの除雪車が珍しくて見物に行き、学生に笑われました。困るのはセンター試験の日です。前日、受験生が5人以上通りそうな道路は、地方自治体の予算で雪掻きをします。鳥取全県で延べ1500km。監督に行く方も、通常15分で行く所を2時間以上かかる。私も、来ないバスをぼーっと待っていたら、通りがかりの車が拾ってくれ、ようやく間に合ったことがありました。南北に長い日本列島で、この季節、同時一斉というのがいかに難題か、東京にいると分かりません。

そして春が来て雪が解けると、横断歩道が無くなっている。スノータイヤが白線を削ってしまったのです。

 

藍鉄塩釉鎬

濱田友緒さんの展示会で買ったマグカップが届きました。藍鉄塩秞鎬です。まずは益子焼愛好家だった亡父の仏前に上げて、よくよく見せてから、鍋に水を入れて煮沸しました。陶器の使い始めにはこうするものと教えられていたのですが、ある時、清水土産のドミタスを煮沸したら、使いもしないうちに取っ手が取れてしまい、爾来洗剤で洗うだけにしていました。

往年の益子焼と違って軽いので、ちょっと頼りない気もしますが、年寄りには使いやすい。明日から、朝の牛乳を飲むのに使おうと思います。立派な箱書がついてきていますが、器物は使ってなんぼ、だと思うので、気をつけながら日常に使うことにします。

益子参考館では、このところ地面一面に団栗が落ち、野生の竜胆が咲き、雑木林の紅葉が綺麗だそうで、新収蔵展を観に行った方々からお便りを頂きました。ちなみに取っ手が取れた清水のドミタスは、亡父がやすりで擦ってぐい呑みに作り替えました。