平曲

橋本敏江さんを偲ぶ会(自由学園明日館)に出ました。古い木造の洋館で、橋本さんの弟子鈴木孝庸さんと孫弟子荒井さんとのツレ平家で「木曾最期」を聴きました。音響がよくて、琵琶もよく歌い、お2人の声もよく伸びて、いい語りでした。私は橋本さんとの二十余年間の思い出と、お仕事の評価、平家物語研究との関係などについてお話ししました。

橋本さんは津軽藩(弘前)の平曲を受け継ぎ、譜を見て平曲120句全曲を語れる数少ない方だったのです。今日は、名古屋から荻原検校の流れを守る尾崎さんも見え、音楽理論伝統芸能を研究した上で平曲を保存しようとしている薦田治子さんや、同じ津軽藩平曲の系統を継ぐ後藤光樹さんのお弟子さんもいらっしゃって、まるで平曲伝承保存のサミットのようでした。

今後平曲がどのように継承、もしくは保存されていくか、知恵を絞りながら見守りたいと思います。

日本古典文学学術賞

国文学研究資料館賛助会主催の「日本古典文学学術賞」授賞式に出ました。今年から財団法人日本古典文学会主催でなく国文学研究資料館賛助会が引き受けて、名前も変わりました。会場は立川(遠い~)。受賞者の1人が軍記物語を研究している渡瀬淳子さんだったので、案内状が来たのです。冠婚葬祭は年寄りの役目かな、と思って出てみました。式はシンプルなもので、新館長のロバート・キャンベル氏の流暢な挨拶がありました。祝賀会では、とつぜん乾杯の音頭に指名されて(多分、最年長だった)慌てましたが、何とかスピーチらしいものをして、しのぎました。

渡瀬さんの受賞対象の著書『室町の知的基盤と言説形成―仮名本『曽我物語』とその周辺―』(2016 勉誠出版)は、2002~2015年に書き溜めた論文集で、早大の学位論文です。率直に言って、1冊全体曽我物語の研究を標榜するのはどうかな?という感じもなくはないので、副題は別の方がよかったかと思いますが、ご本人にとっては曽我物語から出発したことが大事なのでしょう。仮名本曽我物語、剣巻、和漢比較、語彙考証の4つの章立てになっています。著者は未だあれもこれもやってみたい、という人生の最も楽しい時期にいるので、今後どういう方向へ進んで行くのか、傍目にも興味深いところです。

会場には女性が多く、時代の推移を如実に感じました。それにしても立川は遠い~往復3時間半かかりました。

紅いコガネムシ

今年の東京は一気に寒さがやってきて、晴れた空にもはや木枯の気配があります。もともと、秋に西の地域から東京へ戻ってくると、ああ東京は陸奥に近いんだ、と実感させられますが、今年は殊にその感が強い。

昨夜から観葉植物を室内に入れておいたのは正解でした。定年のお祝いの花束に入っていた百万竹を挿木したのが育ち過ぎ、切り戻してまた私の背丈ほどになっています。コリウスは切り花にして大きな水差しにどさっと活けました。去年不作だった菊が2年越しに大きく伸びて、今年は蕾がたくさん付き、日に日に膨らんでいくのが楽しみです。咲いたら1鉢は、毎春桜を見に行くお寺の六地蔵へお供えに行こうと思っています。ムスカリの芽も出ました。

実生で育てた石榴に花が咲くようになって3年、今年は3つ実ができました。近所のお庭ではたわわに紅い実がなって見事なのですが、我が家の実はコガネムシの大きさしかありません。毎日落ちないように見守っています。

石榴は古くから人間と関わりがあったようで、ギリシャ神話では、大地の女神の娘が冥府の王に攫われ、母が取り戻すのですが、去り際に、地上までは遠いから力をつけて行けと王から勧められ、うっかり石榴を口にしたばっかりに1年の半分は冥府で暮らすはめになったと語られます。中国では吉祥のようですが、日本では人肉の味がすると言って庭に植えるのを嫌う風習もありました。婦人薬にいいというのも根拠がないらしい。最も印象的な石榴のイメージは、怨霊となった菅原道真が雷となって落ち、膳にあった石榴の種を口に含んで板戸へ吹きかけ、火災を起こしたという説話(『太平記』、『北野天神縁起』、謡曲雷電」)でしょう。道真の無念が凝った、妖しい美しさをも感じます。

英吉利文学

友人に借りてカズオ・イシグロの『日の名残り』を読みました。昨日、病院の待合室で2時間、今日は仕事を放って2時間。小説を一気に読了したのは久しぶりのこと、充実した満腹感が残りました。ストーリー・テリングの巧さと、文学ならではの隔靴掻痒感を伴いつつも人生のあれこれがにわかに眼前にひらけてくる、あの爽快さに十分浸ることができたのです。こんないい作家が同時代にいたことを、もっとはやく知っておけばよかった、とも思いましたが、定年後だから知り得た旨味でしょう。

晩年にさしかかった男の一生と、執事として彼が見てきた英吉利社会の変化とが二重になって、6日間の旅につれて繰り広げられていきます。映像としてはNHKが放映したドラマ「ダウントン・アビー」の世界を思い浮かべながら読みましたが、つくづく「これはまさしく英吉利文学だ」と思いました。

高校の英語の授業で、教科書とは別に、ゴールズワージーの「Indian Summer」(小春日和)を読まされました(いま思えば、あれを高校の教材に使った英語教師はどういうつもりだったんだろう?)。当時、主人公の老人の心理がすべて理解できたはずはありませんが、人生の締めくくりがゆっくりと近づいてくる、美しい自然の中での宙ぶらりんな感覚は、今なお印象に残っています。きんぽうげ(butter cup)の花の茂みをかすめる蜜蜂の羽音・・・『日の名残り』を読みながら、あの羽音を聞くような気がしました。

このところ否応なしに自らの老化をつきつけられている私には、タイムリーな読書だったかもしれません。決して同じ物は書かないとの定評ある作家なので、別の作品も読んでみようと思います。

益子参考館新収蔵特別展

新収蔵特別展 益子参考館内濱田庄司館(栃木県芳賀郡益子町益子3388) 

12月17日まで(月曜休館・祝日は翌火曜休館) 9:30~17:00

お問い合わせは0285-72-5300まで。

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四苦

旧友と病院で落ち合って食事をしました。私は午前中眼科を受診、彼女は午後から昨秋受けた大手術の1年後健診で、同じ病院へやって来たのです。話題は介護のこと、健康のこと、フレイルと健保政策の関係や良医の条件、そして期日前投票や林檎の収穫作業などで、我ながら老後に入ったのだと実感しました。勿論、合間合間に風刺やブラックジョークが混じるのは昔通りでしたが。

介護の専門家から、子供でも認知症老人でも一発で笑顔にさせる必殺技を習ったというので、教えて貰いました。頭にタオルか手ぬぐいを畳んで乗せ、そのまま「コンニチハ」とお辞儀をする(頭から乗せていた物が落ちる)と、相手は必ず笑ってくれるそうです。試してみようと言ったら、場所を選んでやるように、と注意されました。介護や保育の世界の知恵というものがあるんだなあ、と感心しました。

仏教で言う四苦(生老病死)が身近で廻っていることが、実感されるようになってきました。若い頃はまるで意識しなかったのに。友人と別れて、処方箋を持って眼鏡屋へ行き、度数を下げた近眼鏡を注文しました。街は冷たい雨で、昭和46年以来の寒さだったとニュースが報じていました。

この道やゆく人なしに

ちょっと視点を変えると展望ががらりと変わって見えてくる場合があります。例えば、組織やコミュニティで(時には家族の中でも)、あの人がいるおかげで、とか、あの人がいなかったら何もできない、と衆目一致しているようなときに、ひょいと立ち止まって別な眼で見てみると、あまりにその人が頑張りすぎ、あるいは出来すぎるために後継者が育たない、またみんなが寄りかかりすぎて微妙な弊害が出ている、といったことがあるものです。

それは人物の善悪に拘わらず、成果の多寡に限らず、人的構成の問題です。誰か1人に任せておけば楽だけど、じつは他の人たちの可能性を遮断し、他の実現手段を選択肢に上げる前に潰してしまっていることがあるのです。

そういう例を今まで何度か見てきました。たいてい、誰も気づいていないので口には出さずに済ませ、そのうち私の方がその組織とは縁が切れることが多かったようです。あるいはもう別れどき、という時機になって見えてくることなのかも知れません。思いきって別の道へ廻ろう、と声を上げ、その結果を見届けるべきなのでしょうが。やむを得ずおっかなびっくり次善の道を辿ることになり、後日、ああこれで正解だった、と思ったことも何回かはあった気がします。

この道しかない、この人しかいない、と言われたら、ちょっと立ち止まる―秋の暮に思うことです。