番外編:太平記の人々に出会う旅① 第86回「神戸市・湊川の戦い」

 元弘3年(1333)、後醍醐天皇鎌倉幕府を滅ぼして建武の新政を行いますが、足利尊氏が半旗を翻し、わずか2年半で崩壊します。この時、後醍醐天皇に忠誠を尽くしたのは楠木正成新田義貞です。尊氏は敗れて一旦は九州まで退いたものの、再起を図り、建武3年(1336)、湊川の戦いにおいて新田・楠木軍を破ります。

楠木正成像(湊川公園)】
 皇居外苑楠木正成像は有名ですが、合戦の舞台となった湊川にも立派な像があります。旧湊川はこの付近を流れていました。


楠木正成墓所湊川神社)】
 湊川神社の祭神は楠木正成です。足利軍に敗れた義貞は北陸に逃走しますが、正成は湊川神社境内の殉節地(楠木正成戦没地)で一族郎等と共に自害したとされ、正成の墓所もあります。


【「嗚呼忠臣楠子之墓」碑】
 この墓所は、正成を敬愛する水戸光圀が建立したもので、「嗚呼忠臣楠子之墓」の文字は光圀自らが書いたとされています。


〈交通〉
神戸市営地下鉄山手線大倉山駅湊川
              (伊藤悦子)