能狂言と説話

岩崎雅彦さんの論文「〈愚痴の鏡説話〉の流伝と変容―『直談因縁集』と鷺流狂言「鏡男」を中心に―」(「伝承文学研究」70 2021/8)と、「能〈安字〉の説話的考察―文字を買う話と男装の論理―」(『宗教芸能としての能楽勉誠出版 2022)を読みました。岩崎さんは最近、能や狂言の素材となった説話を広く探索して、それらが能狂言に取りこまれる時、どのように変貌し、能狂言は何故その説話を取り上げたのかを考察する論考を、こつこつと発表しています。素材の探索は従来の古典作品だけでなく、仏教資料や民話にも拡がりました。

前者(「鏡男」論)は、鏡を知らぬ者の勘違いを題材にした狂言を、先行研究と違って鷺流台本で考察し、法華経注釈書『直談因縁集』(天正13=1585年写)などと比較、登場人物全員が無知で、笑話性の強い独自の構想を採っているとするもの。

後者(「安字」論)は、室町後期には上演されていた廃曲「安字」を取り上げたもの。蜀国の市場で「安」という文字を買った男が、3年留守にしていた我が家へ帰ってみると、妻が男装しているので騒ぎになるが、すぐに誤解が解け、買った文字(冠の下に女がいる)がヒントになったと感謝して収まる筋です。智恵の大事さを説く『経律異相』『直談因縁集』『三国伝記』などに比べ、文字解きの面白さ、妻による男装の舞、夫婦愛などを核にして舞台芸能らしい趣向となった、と論じています。

岩崎さんは1959年生まれ、故徳江元正氏の晩年のお弟子さんです。この4月1日、國學院大学文学部の専任教授に就任しました。寡黙な人ですが、若い頃から軍記物談話会にも出席し、『能楽演出の歴史的研究』(三弥井書店 2009)で学位を取得。よけいなことは言わない・やらない、堅気の人です。今後は後進の育成にも尽力して下さい。