國學院雑誌1359

國學院雑誌」7月号(通巻1359号)が出ました。赤井益久さんの「唐代伝奇小説における変虎譚の諸相ー中島敦山月記」に及ぶー」は20頁に及ぶ長大な論文ですが、『太平広記』巻426~433「虎」部門の80話の中から10話を取り上げ、変虎譚(虎が人と化す、または人が虎と化す話)と異類婚姻譚の要素に注目、その諸相を考察したもの。最後に中島敦が「山月記」に粉本として使用した『唐人説薈』(『古今説海』人虎伝を襲用)に触れて、「山月記」の主題はすでに唐代伝奇小説に認めうるとして、中島敦の文学者としての目の確かさを指摘しています。

学校教育で広く読まれている「山月記」の出典研究には、従来少なからぬ蓄積があると思いますが、現場で教える時、あるいは読者として読んでも、何か割り切れぬ部分があるように感じていたのは、じつはこの作品の背後にある膨大な伝承の圧迫感なのだ、と私は納得できたような気がしました。

本誌には大和博幸さんの「明治12年版『山中人饒舌』考」という論文も載っています。詩・書・画を極めた南画家田能村竹田(1835年没)の画論書『山中人饒舌』が天保6年(1835)に初版、嘉永7年(1854)に再刊された後、明治12年(1879)に突然、7種も出版されたのは何故かという問題を究明したもの。大和さんは、田能村家を継いだ田能村小齋の書き入れのある『山中人饒舌』を入手したのをきっかけに、本書は京都府画学校設立の資金獲得のために田能村家が計画した出版であったが、版元との間にいざこざがあり、それに関連して複数の版が重ねられたものと推定しています。

鈴木孝庸さんから、梅澤和軒『平家物語評釈』に多数の版があることを知らされて、あれこれ理由を考えていたところだったので、興味ふかく読みました。