喫茶店今昔・その4

鳥取に赴任した時、最初に感激したのはロマンチックな喫茶店があちこちにあることでした。土地が広く、木造一戸建ての店が多かったせいでしょう。海岸の国道沿いに建っていた真っ白な洋館、中には大きな船具が飾ってありました。絵本の中のお城のような(都市近郊なら、そういう建物はたいていラブホテルですが)造りの店もありました。

今でも思い出すのは、川のほとりに建っていた木造一軒家の店です。あそこには、もういちど行ってみたい。入り口に凌霄花の棚があって、夏にはオレンジ色の花が垂れ、窓際には太宰治の『ヴィヨンの妻』の初版本がたてかけてありました。何もかもなつかしい昭和レトロの雰囲気で、お客はいつも殆どいませんでしたが、たまに地元の漁師たち(声がやたらに大きい)がカウンターに並んでお喋りしていることがありました。

しかし私はたいてい喫茶店へは入らず、季候のいいときは、久松山の麓にある、未だ皇太子だった大正天皇が行啓したという洋館(仁風閣といい、庭までは入場無料だった)の庭で、白い椅子に座って、全国の仕事仲間と郵送交換した抜刷類を読みました。彼らと学界でわたり合う日を心に誓いながら・・・よく晴れたある秋の日、読み終わった抜刷を抱えて門を出ようとしたら、大学の事務職員の一行にぶつかって、慌てました(国立大学の教職員は、原則毎日出校なのです)。翌年の入学案内の写真撮影が始まったのでした。