桃巌寺

名古屋へ赴任した時、アパートがなかなか見つからず、地下鉄の駅の真上にある1DKを借りました。世田谷区の我が家まで、殆ど傘なしで往復できるのはメリットでしたが、ドアを開ければすべて丸見え、という間取りでした。

夜な夜な隣のカラオケビルから換気扇を伝って、オジサンたちの歌声が流れ込んでくるので、どんな所か気になり、ある日研究会の帰りに故美濃部重克さんや松薗斉さんたちに連れて行って貰いました。歌の達者な方々です。以来、何度も誘いに来てくれたらしいのですが、あいにく帰京していることが多くて、御一緒できませんでした。

桃巌寺というお寺が近くにあって、緑の多い境内には弁天様も祀られており、芸事の祈願でお参りする人が絶えませんでした。かつては平曲も語られた所だそうです。私の部屋のベランダからは、青銅の大仏の背中が見えました。大仏の背中を毎日眺める暮らし、というのは珍しいと思います。大仏様と同じ風景を見ているのだ、と思うことにしました。晩春には、毎朝ベランダの物干し竿を拭くと、雑巾が黄緑色になりました。何だろう、抹茶みたいな、と不思議でしたが、境内の椎の木の花粉だったのです。秋には寺の塀際に椎の実がざくざく積もり、勿体ないなあ、砂漠緑化運動に使えるのに、と思いながら通りました。

3年もすると荷物が増え、坂の上の小さなマンションを買って引っ越しました。