ひとりいぐも

若竹千佐子の芥川賞受賞作『おらおらでひとりいぐも』を読みました。「作家」というものに古い固定観念(創作は、やむにやまれぬ内的衝動につき動かされて、なりふり構わず書くもので、それゆえ才能のしだいでなれるかどうか決まってしまう)があって、文芸教室出身という経歴には一歩引いてしまうのですが、今どきはノーベル賞でも獲れる時代です。読んでみて、なるほど書きたいことがあって書いたのだ、ということがよく分かりました。

世評通り、方言の味が利いています。日本の高度成長期―地方から身一つで飛び出してきた女性が、それでも精一杯働けば、幸福になれた時代。あの古きよき時代と、愛した亭主とが去ってしまって、膨れ上がりそうな孤独感や不安の一方で、もう「羽をたたんで」人に合わせて生きなくてもいいという解放感。家族という絆の有り難さと厄介さ。時代と人生とが、ちょうどいい大きさで切りとられていて、今この時点の日本文学に、付け加わるものがあったと言えるでしょう。題名は宮沢賢治の詩から採られており、「いぐ」は「生きる」の意にすり替えられたのではなく、「逝く」「行く」の意も籠めて使われていると思います。

もう1篇、梨木香歩の『西の魔女が死んだ』という作品も併せて読みました。本屋で見かけたのがきっかけで、偶然でしたが、私にとってはこの併読は正解でした。人間関係が息苦しい学校生活や、母との絆に頭をぶつけながら成長していく1人の少女に、魔女を自称する、森の中で独り暮らしをしている祖母が指し示してくれた生きる知恵。自然描写は日本よりも英国小説のそれですが、主人公の年代のみずみずしさと呼応して、老いや死をさえも、いいものだと思わせてくれます―現実は、なかなかこうはいかないけれど。