宇治拾遺物語

伊東玉美さんの『宇治拾遺物語』(角川ビギナーズ・クラシックス)が出ました。序も含め35話を選び、現代語訳と原文、評釈をつけた文庫本です。とてもコンパクトで、gで測れるくらいの造本にしてあり、通勤電車の中でも気兼ねなく読めます。

かつて説話文学が文字に依らない民衆の文学として平家物語などと共にもてはやされた頃、いや、宇治拾遺物語は文筆達人の作だよなあ、とひそかに思っていました。授業で講じながら思わず、ここの表現は巧い、これは企んだ仕掛けだ、と言いたくなる箇所がそこここにあるのです(やがて説話集の研究は書かれた文学であることを前提にするようになりましたが、平家物語の方は旧態依然でした)。

伊東さんはこの説話集のたくらみを解りやすく、魅力的に、明晰な文章で指摘しながら読み進めていきます。原文・語釈・現代語訳、と詰め込まれるテキストにはうんざりする人も多い当世では、こういうスリムな本で古典を楽しむ機会が必要かもしれません。しかし、くだけた現代語訳に感心しながらもやはり原文を見ると、小さな部分、「さは」とか「こそ」とかのニュアンスが落ちてしまった箇所があって、残念でもあります。宇治拾遺物語は、そういう水準まで練られた文章だからです。本書を読んだ後、ぜひ原文で全編を通読することを、お奨めします。