賀茂別雷神社所蔵法華経

相田愛子さんの「賀茂別雷神社所蔵「紺紙金字法華経并開結」について」(「アート・リサーチ」20)という論文を読みました。相田さんは仏教、美術、文学の交叉する平安末期から中世前期の絵画資料、殊に装飾経の研究をしています。この論文では標題の経典全10巻を調査して、賀茂別雷神社所蔵以前の来歴、制作年代、見返し絵の主題について考証しています。白黒ながら写真図版がふんだんに入っていて、関心のある人には参考になります(惜しむらくは印刷の具合か、図2-2と3は殆ど判読不能)。

各巻頭に本文とは別筆の朱の書き入れがあり、また巻八の巻末に「伝□□社奉納」ともあって、それらにより、弘安10年(1287)以前は別の社にあったものを、弘安10年以降他社(賀茂神社かもしれない)に奉納、さらに慶応4年(1868)の箱書から、これ以前に上賀茂社御読経所に移されていたと判断しています。見返し絵の傾向からは、平安末期から鎌倉初期、恐らく1180年前後に制作されたのではないかと推測してもいます。

見返し絵の精しい解読は力作です(ただ「弾力性ある」という説明は、よく分かりませんでした。形容が適切ではないのでは)。一つ残念なのは、冒頭に掲げられた写真と照合すると、箱書の訓読に問題があること。文書類を読み慣れた人に、教えを請うべきでしょう。また「後柏原天皇御宸筆」と記してあることに触れない(後柏原天皇在位は1500-25)のも不審です。

最後に『月詣和歌集』の釈教歌と見返し絵との親近性を指摘していますが、もともと賀茂社で制作された経典でないとすれば、釈教歌の共通性の範囲からどれだけ踏み込めるのか、和歌文学の方からの助言が欲しいところです。

バイタリティに満ちた相田さんゆえ、今後の展開が楽しみでもあります。