松茸

ウェブ情報によると今年は松茸が豊作なのだとか。近年、もはや食卓に乗るものではない、という食材になりましたが、子供の頃は毎年、シーズンに2,3回は、少量ではあっても夕飯に出ました。主に炊き込み御飯か網焼きでしたが、いちどフライで出たことがあって美味しかった記憶があります。しかしその後、ぐんぐん値が上がって貴重品扱いになり(調べると、この70年の間に国内生産量は1%になったらしい)、栽培も試みられたものの未だ成功してはいないようです。

高校の化学の授業で、あの香りは試験管内で合成できることを体験して以来、インスタント吸い物や練り物で「マツタケの香り」を謳うものは、一切買わないことにしました。無理して食べるものでもないし。しかし現役時代には年に1度、親しい友人の家で食事を作って話し込む時に、奮発して国内産の小さい1,2本を買ってみたりもしました。カナダ産は香りがしないし形もわるく、国産が高いと言っても、松茸1本くらい買える働きはしてるぜ、という、一種の意地もあったかもしれません。

国内で採れなくなったのは、赤松の林が害虫にやられたりして少なくなったのと、松葉や実を燃料にする習慣がなくなって腐葉土が溜まりすぎるせいだそうです。そう言えば、子供の頃は湘南地方(林の松は黒松で、生えるのは松露でした)に住んでいましたが、毎朝の焚き付けに、松の落ち葉や松ぼっくりを集めて使っていました。

今までで一番美味しかった松茸は、京都駅前で食べた土瓶蒸しです。学会の帰り、ふらりと入った食堂で、和漢比較文学の増田欣さんと一緒になりました。未だ院生だった私は土瓶蒸し1品で小さな徳利1本をちびちび呑んだのですが、増田さんはもう出来上がっていて上機嫌、ちょっと危ない冗談を言ったりしました。半世紀前のことです。