中世前期政治史研究

4月9日に亡くなった元木泰雄さんの遺稿集『中世前期政治史研究』(吉川弘文館)を頂戴したので、拝見しました。随分早くできたんだなあと思ったのですが、巻末の解説(佐伯智広執筆)を読むと、元木さん自身がすでに準備されていたのだそうで、全424頁、1981年から2018年までの論文14本を収めています。元木さんは矢継ぎ早に著書を出し続けてこられた感がありましたが、依頼企画が多く、個人論集としてはこれが2冊目だということで、その分、生涯の仕事の輪郭がはっきりと見えます。

総論 1公武政権の展開 2官位と身分秩序 3受領と院近臣 4王権と都市 付平安後期の侍所について という構成になっており、私は自分の専門に関係の深い3と4を主に読んだのですが、最初に1-2源氏物語と王権を読み、文学と歴史学との関係を踏み誤らず、しかし源氏物語の政治観の確かさを見抜いた論調に共感を持ちました。

3-1院政信濃守と武士、3-2伏見中納言師仲と平治の乱、3-3藤原成親平氏の各論からは、軍記物語に登場する人物たちの時代背景がありありと浮かび上がり、講演録「平安後期の伊予守と播磨守」は分かりやすく面白く、しかも義経の置かれた位置が具体的に理解できて有益でした。4-1京の変容、4-2福原遷都の周辺、4-3福原遷都と平氏政権の各論から、清盛が意図して叶わなかった政権構想が見え、京都の地政学的意味も改めて認識させられました。そしてつくづく思いめぐらしたのは、平家物語が当時の政治情勢を描いた、独特の手法についてでした。史料として軍記物語を読むのは間違っています。文学が史料に照らして文学作品を評価、判断するのも誤りです。しかし本書には、両者の立場の違いをわきまえての、英明な展望がある。同志に逝かれてしまったー勝手にそんな気持ちになって、夏雲の未だ去らない9月の空を見上げました。