森田貴之・樋口千紘・畠中愛美編著『平家物語評判書集成』(汲古書院)という本を取り寄せました。評判書というのは、ある人物・作品・事象などについて、あれこれ批評を加える形で自説を述べる、中世後期から近世にかけて愛好された著作、とでも言ったらいいでしょうか。太平記に関しては今井正之助さんの『『太平記秘伝理尽鈔』研究』(汲古書院 2012)という(空前絶後の)大著があって、その総体を窺い見ることができます。太平記の場合は、時代的な政治性や思想性も絡んで文化史にまで拡がっていく、ある意味では厄介な分野ですが、平家物語の場合は、主なものは『平家物語評判秘伝抄』とそれに対する反論『平家物語評判瑕類』の2点しかなく、本書はその両者を翻刻しています。
永いこと、この2点は使いやすい翻刻がありませんでした。江戸時代には版本として出版され、大部な割には今でもさほど高くない値段で、市場に出ます。私も若い頃、平家物語の周辺作品も全て眼を通そうとしていた時期に手に取ったことがありますが、到底通読する気になれず、その後も全く手を出しませんでした。何故なら、兵法や儒教の立場から、平家物語(流布本)の登場人物の言動や軍略を徹底論評する、という形式を採ってはいるものの、その多くは評のための評、平家物語の本質に関わっては来ないし、そもそも自身の評に整合性がなく、屡々矛盾した論を展開しているからです。
そのことは森田貴之さんの解説「平家物語評判書の世界」にも指摘されています(この解説は力作)。しかし近世の知識人たちが、軍記物語や歴史書に何を求め、何を自分たちの問題としたかを考える上では、こういう一種「我儘勝手な」著述の指向を見ておく必要もあるな、と思うようになりました。本書は全780頁、ゼミ生のためにこういう共同研究を継続し、形にしたこと自体が偉業でしょう。