信濃の30時間(2)

別所温泉では朝風呂にも入りました。若い頃は躊躇われた露天風呂も、傘寿になれば怖くない。ほどほどの湯加減を楽しんでいると、後から入ってきた人に何か話しかけられました。眼鏡は外しているし湯気でもやっているし、背格好も頭髪も友人と同様だったので、屈託なく返事をしたら別人でした。向こうも恐縮していましたが、同じ調子で話し続けて上がりました。イワツバメが頻りに飛んでいます。

ヘルシー志向の朝食(青竹の底には乾燥剤が敷いてあって、そこへ温泉の湯をかけて蒸す)

宿を発つ時にあの女将が、玄関で写真撮りますかと言うので、そうね、シャッターをお願いしますと言ったら、もう1枚、私も入ります、とさっさと脇に並ぶ。50歳だそうですが童顔、若作り。宿の車で常楽寺へ送って貰いました。運転手に取材したら、リピーターを増やすため顧客情報をノートに細大漏らさず記録しているのだとか。米は専属農家から仕入れ、彼はこの冬までそこで働き、季節によってはワイナリーのアルバイトにも行っていたのだそう。ローカル経済の一端を知りました。

常楽寺の御船の松

常楽寺の牡丹はもう散った後でした。茅葺きの大きな古刹で、庭には船のように枝を張った赤松があります。しとしと降る雨に林の樹々が香る中、無言館まで送って貰いました。戦没画学生の遺作を展示する美術館です。亡父の遺品を整理した時と同じ雰囲気が、暗い館内に充満していました。戦地で画材を所持していたこと、軍務の合間に絵を描いたことは、必ずしも特権ではなかったと知ってほっとし、受付で、画学生ではなくても戦地で描いた作品を保存してくれる所を知りませんか、と訊いてみたら、美術学校出でないとストーリーが作れないので引き受けられない、と言われてすっと白けました。

その後、ミナト君一家の車で信州国際音楽村へ連れて行って貰いました。薔薇もハーブも花の無い時期でしたが、栃の大木が1本、赤い花を山盛りに咲かせていました。野菜を活かしたフレンチの新作料理はどれも美味しかったのですが、ミナト君は、初めて見る物はなかなか食べられないようで、ジェスチャーで拒否します。走ったり、慣れた相手に共感を求めたりする能力は十分で、移動中の車中では、お姉さんのサキちゃんはドラム、ミナト君はキーボードのアプリに熱中していました。

最後に椀子のワイナリーへ連れて行って貰いました。お母さんのミエさんは就業支援の仕事をしていて、利用者がここでアルバイトする時に時々来るのだそうです。葡萄畑と新緑の丘が続く展望が素晴らしい。美味しそうなワインが展示されていましたが、もう昼酒を飲む能力が、私には無い。綺麗な色のロゼの炭酸入り葡萄液を飲みました。

上田からあっさり東京駅へ着きましたが、東京駅は巨大キャリーケースを曳く若い人で大混雑、本郷3丁目駅は5月祭の学生でごった返していました。合計32時間の旅でした。