卯の花垣

春日町の歯医者に予約した口腔ケアの日。往路はワンコインバスが走るようになって、楽になりました。バスの中で流れるローカルCMは、「一葉さん」という名のキャラクターが、あちこちでアルバイトをする、という設定で地元の店を紹介しています。往年の和田アキ子に似たお笑いタレントが演じていて、樋口一葉が何だか可哀想。

予約時間の1時間前、隣の本屋に入りました。文庫本、新書、小説・・・どの棚もぎっしり、知らない名前の著者・作家の本が派手派手しく並び、世にはこんなにも多くの作家がいるんだ、こんな綺麗な本を出せるのだから錚々たるものなんだろうけど、どれだけが後世に、いや現在の読者の心に刺さって残るんだろう、などとつい考えてしまいました。私がメモして行った本は、結局1冊も見つかりませんでした。

牧野富太郎自叙伝』は山積みになっているかと思ったのですが、なし。関連する近年の出版物はあるようですが、自叙伝そのものはありませんでした。例によって本屋からは手ぶらで出られない家風。『続植物記』を買って、歯医者の待合室で、「受難の生涯を語る」と題した1篇を読みました。朝ドラの主題歌に、「私は今を憎んではいない」という1節のあるのが気になっていたからです。ほんとに彼自身がそんな述懐をしていたのだろうか、と(朝ドラの主演男優は、「風のガーデン」好演を記憶していたのですが、今回は全くのダイコン。単におちゃらけているようにしか見えない)。

歯医者では歯科衛生士に、フッ素で嗽をしないと虫歯が進む、と威され続けました。ここへ来た晩は、何故か歯痛に悩むんだよなあ、と思いつつ出ました。春日町再開発で造られた高層ビルの足元の植え込みに、白く卯の花の咲いているのが、夕闇に浮かんで見えます。卯の花垣は案外、ビルの街にも似合う。痛む歯茎を押さえながら帰りました。