那須与一

必要があってツンドクの山から、山本隆志編著『那須与一伝承の誕生―歴史と伝説をめぐる相克―』(ミネルヴァ書房 2012)を引き抜いて読みました。屋島で扇の的を射たと平家物語が語る那須与一は、実在の人物かどうか明らかではないが、その伝承の拡がりと由縁には意味があるとして、那須家の歴史と与一伝承のその後を追究した書です。前半では山本さんが平安末期から戦国期までの那須家と那須の地勢をたどり、後半には近藤好和さんが、与一の物とされる甲冑と弓箭の調査結果を書いています。

必要とは、野中哲照さんの『那須与一の謎を解く』(武蔵野書院)を読むためです。全324頁(活字の大きいのが老人には嬉しい)、内容は読解編と研究編に分かれ、読解編では、誰もが中学国語教材でおなじみ那須与一の「扇の的」を、深掘りしています。教材研究の手助けにはお奨め。かつて梶原正昭さんが同じ武蔵野書院から、平家物語鑑賞『鹿の谷事件』『頼政挙兵』(1997,98)という名著を出され、私はひそかに、その後を書き継ぎたいという悲願を抱いていたのですが、本書前半はそれを実現したと言ってもいいかもしれません。但し一部に恣意的な読みもあり、「丸ぼや」は辺境のシンボルとは言い難く、馬具を女性が調製するのかどうかも疑問です。

屋島合戦は平家物語の中でも後次に書き加えられ、さまざま文芸的工夫が凝らされているとすること、那須与一の人物造形には事実の記録では説明のつかない要素が多い、とすることには賛成です。系図の信憑性に慎重であるべきことにも共鳴します。しかし、後半の研究編は学術書としてでなく「読み物」として、威勢のいい野中節を楽しむべきものでしょう。四部合戦状本や八坂系諸本への評価は、勉強不足と言うより誤りに近い。前提と結論が循環している箇所も多く、論証にはなっていません。つまりエンタテイメントです。