源平の人々に出会う旅 第65回「北本市・蒲冠者範頼伝説」

 源氏軍の大手の大将軍として平家軍と戦った蒲冠者範頼は、搦め手の大将軍である弟義経の活躍に押されて目立たない人物です。また、兼好法師の『徒然草』に「蒲冠者のことはよくは知らざりけるにや、多くのことどもをしるしもらせり」とあるように、『平家物語』にも記述が少なく、その人物像も最期の様子もはっきりしていません。

源範頼堀之内館跡(石戸神社)】
 『吾妻鏡』建久4年(1193)8月17日条には、範頼は謀反の疑いで修善寺に幽閉されたとありますが、埼玉県北本市の石戸宿は、範頼がこの地に配流されたと伝わっており、石戸神社付近は範頼が居住した堀之内館跡といわれています。

 

石戸蒲ザクラ(東光寺)】
 東光寺は範頼が娘亀御前の追福として建立したと伝わり、境内には範頼の杖が根付いたという石戸蒲ザクラがあります。根元の五輪塔の由来は不明ですが、範頼の墓ともいわれています。


【廣徳寺大御堂(美尾屋十郎廣徳館跡)】
 北本市に隣接する川島町には、屋島合戦(元暦2(1185)2月)で活躍した美尾屋(三保谷)十郎の居館跡があり、北条政子が十郎の菩提を弔うため、この地に大御堂を建立したと伝わっています。十郎が悪七兵衛景清に掴まれた錣を引きちぎって逃げたという逸話は「錣引き」と呼ばれ、江戸時代にも人気がありました。

 

〈交通〉
 JR高崎線北本駅桶川駅
        (伊藤悦子)