宋版一切経調査提要

福州版一切経調査研究会編『宋版一切経(福州版)調査提要―本源寺蔵の調査を通して』(勉誠出版)という本が出ました。編者の研究会員は故渡邊信和さんを含め10人の名前が挙がっていますが、本書は牧野和夫さんや高橋悠介さんが中心になってまとめられたと見受けました。あとがきによれば、牧野さんは延慶本平家物語の一節へのこだわりがきっかけで、平成元年頃から宋版仏書の調査に注力するようになったのだそうです。

私は仏書の書誌や中国の刊本については全く無知なので、本書の真の価値が理解できているとは言えませんが、本書をめくりながら、この事業に費やされる労力の膨大さはもとより、その成果が関わる範囲の広大さはおぼろけながら想像できました。本書207頁に言う、僧侶が海外からもたらした文物の我が国への影響、出版の歴史における中国との関係、それらから波及する我が国の政治史、経済史、地方文化史的なテーマ(その多くが未開拓の分野)の重要性を改めて認知したのです。

周知のように中国では、書籍は古くから写本ではなく刊本で伝わってきました。殊に仏書、経典の印刷技術が遺した文化資源は壮大でした。本書は日本に現存する宋版大蔵経の書誌調査の成果を紹介すると共に、同様の調査に着手する人のためにノウハウを提供しています。そして野沢佳美「宋版大蔵経と女性刻工」、中村一紀「書陵部蔵福州版一切経の本文欠落巻について」、牧野和夫「宋版一切経補刻葉に見える「下州千葉寺了行」の周辺」という3本の論考を付載しています。

私は本書の意図とは別に、摺られた経典の美しさ(写真図版多数)に見とれ、また、ちょうど平家物語成立の頃に宋版一切経が続々補刻されたことを思えば、膨大な量の巻子本歴史物語が作られても不思議ではないな、などと考えたりしました。