血のつながり

数日前、朝刊にこんな全面広告が出ていましたー愛に、血のつながりがいらないことは 夫婦がいちばん知っている。おや、と思ってよく見ると、「特別養子縁組という選択肢 厚生労働省」とあります。野暮な役所として知られた厚労省にしてはヒット、と感激しそうになりましたが、2020年度朝日広告賞に入選した作品らしい。

不妊治療に健康保険が使えるようになり、それはそれで意義があることかもしれませんが、私がずっと引っかかっているのは、夫婦に子供は必ず必要か、そしてそれは必ず血を分けた子でなければならないのか、という疑問です。無理な体調管理のために夫婦仲が悪くなったり、社会活動に支障が出たり、他者の臓器を利用したりしてまで、「血」に拘らなければならないのか。同性同士の「結婚」でも、無理な「血」のつなげ方を試みる場合があるらしい。私の子を残したい、と言われると利己主義を感じますが、この人の子を、という気持ちは愛の一種ではあるのでしょう。

一方で、望まぬ妊娠をした女性が匿名で、しかし産もうと決意して産院に相談した例もありました。私はそういう事情下で、何とか産んでやりたいと思った彼女の決意に打たれました。でも子供を持つことは、産み落とした時点では終わらず、育て上げる過程に尊さがあります。次世代を手許で育むのが結婚に伴う大事業であることは確かで、それなら、大事業を2人で協同で果たすこと自体に意義を見いだしてもよいのでは。

家制度が強固だった時代、日本でも戦災孤児がいた時代には、養子縁組は稀ではなく、当事者が非難されることではありませんでした。血がつながっていなくても共に暮らし、大人になるまでの手助けはどうすれば可能になるか、その障害を取り除くのが厚労省の仕事。広告は2月5日のオンラインシンポジウムのものでした。youshi@asahi.com