阿波国便り・栴檀篇

徳島の原水さんから、樗(楝、栴檀とも)の実の写真が送られてきました。【楝を見ると、信西梟首がすぐ頭に浮かびます。これも職業病の一種でしょうか。(原水民樹)】

 

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楝の木

平安京の獄舎の門には楝の木が植えてあって、死刑後の首はその樹上に懸けられます(梟首という)。平治の乱で政敵藤原信頼に狙われた信西の首は、平治元(1159)年12月17日、都大路を渡され、東の獄門に懸けられました(陽明本平治物語巻上)。壇ノ浦で生け捕りになった平宗盛父子も、処刑後の首は「大路を渡して左の獄門の楝の木にぞ懸けたりける」(覚一本平家物語巻11)。芳香があり、葉、樹皮、実は薬用になります。成長の早い喬木で、琵琶の胴や下駄に使われ、初夏に淡紫の花をつけます。

でも私が最初に思い出すのは、新古今集234歌「あふち咲くそともの木陰露落ちて五月雨晴るる風渡るなり」(忠良)です。長雨の晴れ間の喜びが、爽やかに感じられます。

栴檀双葉より芳し、という諺は有名ですね。平重盛も、息子維盛を叱責するのに「すでに12、3にならむずる者が、今は礼儀を存知してこそふるまふべきに」と、この諺を引いています(覚一本巻1)。しかしこちらは本来、白檀という香木のことらしい。「唐変木」(手に負えない変わり者、という意の罵言)という異名もあり、これは語源が判らないようです。

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楝の実

毒があると言われていますが、実は鳥たちに好まれているようです。落葉後に渋い色合いの実が光って、印象的です。樹木は葉の茂っている時、樹形で記憶していることが多いので、実だけ、芽だけ見ても判断のつかない場合がよくあり、どこかでこの実のある風景を何度か見たな、と思うのですが、多分、世田谷の砧緑地だったろう、という程度にしか思い出せません。