山城便り・終活篇

同志社女子大学の紀要を読み、京都府立大学が開催協力校を務めた中世会文学会に参加しているうちに、何だか京都の風が恋しくなりました。若い頃、京都の短大へ非常勤講師として通ったこともあり、週1回、四季を通じて京都の街をバスで通り抜けた1年を回想しました。そこへ、京都郊外に住む錦織さんから、久しぶりのメールが来ました。

【10月になって、これまで開いていなかった歴彩館が開き、市立図書館も開架書架に入れるようになったので、あちこちうろうろしていました。また昨日は、滋賀県野洲市で寺の住職になっている、鳥取大学の卒業生を訪ねて、久しぶりに会ってきました。死んだときにお経をあげに来てもらう(それで葬式に代える)という約束を、大分前にしていたので、どれぐらいの距離か、確認がてら、出かけたのです。

わが家の庭先の畑は、2週間ほど前にサツマイモの収穫を終えました。狭いところなのに、40個ほど獲れたので、まずまずでした。一昨日は、ニンニクを植え付けました。少しずつですが、収穫があって、楽しみです。(錦織勤)】

野洲は車で行くと渋滞する所、下り新幹線で通るとそろそろ網棚から荷物を下ろす所、祇王の生地という伝説のある所、くらいの認識しかありませんが、錦織さんは鳥取から京都へ移り住み、自由の身になってから、着実に終活もやっているんだと感心しました。

我が家の軒先では菊の蕾が出始めました。台風の塩害から3年、ようやく元気になりましたが、白菊は消えてしまい、黄色と小豆色の2種が残ったようです。パプリカの実はたった2日間で真黄になりました。アイスコーヒーはタリーズの缶入り、とこだわっているのですが、もうこれが今年最後だと買ってから何本買い足したでしょうか。

でも時は人を待たない。着実に秋は深まっていきます。