愛したのが家族だった

岸田奈美さんの自伝的エッセイ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館 2020)を友人から借りて読みました(最近の本はむやみにタイトルが長い。TV番組やタレントの場合はラテ欄を独占するため、論文名の場合は検索に引っかかりやすくするためだそうですが、書籍でははた迷惑な場合もある)。

中学生で父を亡くし、高校生で母が下半身不随になり、爾来、21トリソミー(ダウン症)の弟と3人家族だった著者は、ネット上に書いた文章にファンがつき、「作家」になったのだそうで、なるほどネット育ちの文章の典型と言えるかもしれません。著者紹介に100字で済むことを2000字で伝える作家、とあるのは言い得て妙です。

しかし彼女の突破力はすごい。関西という風土のおかげもあるのでしょうが、自虐寸前の笑いが翼となって、彼女をも家族をも(多分、周囲の他人をも)持ち上げ、運んでくれるようです。福祉学部の起業学科を卒業し、障害者の社会的自立を図る株式会社ミライロに勤め、一方で母も車椅子でバリバリ、弟もマイペースで人とつながって、輪が広がっていきます。「進め!岸田一家」とでも声をかける気になります。ふと、林真理子のデビュー当時を思い出しました。

障害者にもふつうに笑ったり怒ったり、働いて給料を得る生活を、という運動は、明翔会の中尾文香さんから教えられて私も知っています。そういう運動もまた、ふつうの職業と変わらず大変だったり楽しかったりするのがいい。福祉は特別なことでなく。

書名の意味は、そう考えたら楽になるよ、という反語だと思います。実際は家族だから逃げられない、愛するようにどうしたらなれるか、日々の中でそうなっていく、というものでしょうが、家族もまた自分が選んだ人生の1齣、と考えれば、血の繋がりに束縛され、圧し潰されることもなくなる。これは24字でなく100字で言わなくちゃ。