こんな夜に

現役の教師時代には、尾崎豊忌野清志郎の歌にはまったく共感を持ちませんでした。甘ったれの悪ガキがわめいている、くらいの印象だったのです(そもそも校舎じゅうの窓硝子を壊されたり、授業を逃げて屋上でトランジスタラジオを聴いていたりされては、困る)。しかしこの頃になって、いい歌だなあと思うようになりました。「雨上がりの夜空に」など、(バイク免許がなくても)気持ちがよく分かる―大人の責任から自由になったからでしょうか。もしそうなら、これも定年後の有難味の一つ、世界が広がったのです。

香港の女学生リーダーが、国家反逆罪で拘留中、「不協和音」の歌詞に励まされた、と語ったのを聞いて、知らないなあ、どんな曲だろう?と、You tubeで聞いてみました。歌詞を見て吃驚。アイドルグループの衣装と振り付けにも吃驚。そう言えば去年、ちらっとTV番組で聞いたことがあります。軍国調の衣装と攻撃的な群舞に違和感を持ち、こんな曲が売れるのかなあと思っただけだったのですが、彼女が逮捕の恐怖と屈辱と怒りを、この曲で乗り越えたという事実に、改めて考え込んでしまいました。

このグループには「サイレント・マジョリティ」とか「ガラスを割れ」とか、似たような曲があり、それらは現代の高校生に向けた応援歌なのでしょうか。女の子たちが歌うところに物語性があるのかなあ、などとぼんやり考えたりしましたが、それが世界でも最大、最強の権力に立ち向かう女子学生を支えることになろうとは、作詞者も歌手も予想しなかったことでしょう。

愛車の突然の故障をぼやく男の子なんて、可愛いもんですね。半世紀前は日本でも、大学生は自分の国の未来に責任がある、と思っていました。今どきの日本では、そんな悲壮感は笑いものでしょうが。こんな夜に、香港では、どんな月が出ているのかしら。