大東急記念文庫蔵古活字版

高木浩明さんの「大東急記念文庫蔵古活字版悉皆調査目録」(国文学資料館「調査研究報告」40)という報告が出ました。高木さんは各地の文庫で古活字版悉皆調査を続けてきましたが、今回は3年に亘る、274点(漢籍・国書・仏書)の書誌調査記録です。

大東急記念文庫には、応永書写延慶本『平家物語』など貴重な古典籍が多数所蔵されていますが、私は若い頃、『平家物語』関係の写本は片っ端から見て歩いたものの、版本は写本のついでに見る、程度の関心しか持っていませんでした。しかし最近、源平盛衰記本文確定の経緯を調べる必要があって、古活字版・整版本の調査が、単に近世の流布の問題だけに留まらないことを痛感しました。

冒頭の説明によれば、大東急記念文庫は昭和23年3月に久原文庫を、また昭和24年2月に井上通泰文庫を、東京急行電鉄の会長五島慶太が一括購入して成ったもの。延慶本『平家物語』を含む久原文庫がここに落ち着くには、あわやという事情があったらしく、農商務省鉱山局長だった和田維四郎の目利きで、実業家久原房之助が購入した(買わされた)コレクションが売りに出されるという話に、東京の古書肆が資金調達に奔走したこともあったのだそうです。当時の資産家、文化人(趣味人)、そして商人たちが結果的に日本の文化財を護ってくれた、意気と(欲と)偶然との絡み、そしてこれとは逆に、不運にも失われた文化財も少なくなかったであろうことに、思いを馳せました。

ここには慶長の源平盛衰記、『太平記』4本、『平家物語』3本、『平治物語』、『保元物語』2本などがあるらしい。平家物語は下村本・道意本のほかに、下村本を底本に、巻9は覚一本、巻1を八坂系の本文で校訂しているという、不思議な本もあるようで、古活字版の世界の奥深さを思わせます。